脳卒中後の上肢麻痺に対する装具療法のエビデンスについて

竹林崇先生のコラム
神経系疾患
リハデミー編集部
2022.05.02
リハデミー編集部
2022.05.02

<抄録>

 脳卒中後の上肢麻痺において,伝統的に装具療法が用いられている.しかしながら,経験則の中で用いられている場合が多く,これらに対する疫学的な検証については,ほとんど実施されていない状況である.また,装具療法に用いられる装具は,『神経骨格系の構造および機能的特徴を修正するために使用される外付けの道具』と定義されているだけであり,伝統的に使われている従来の静的装具と,昨今臨書の中で積極的に用いられるようになっている機能的装具としての動的装具等の区別はなされておらず,全てを包括的に含んだエビデンスが提示されているに止まっている.そのような装具療法を取り巻く,エビデンスの現況について,本コラムでは解説を行う.

1. 装具療法の背景とその目的

 脳卒中後に生じる後遺症の一つに上肢麻痺に伴う運動障害がある.この代表的な後遺症は,脳卒中を発症した患者の50%以上に残存し,対象者の作業(重要な活動)の再獲得や社会参加の障壁となっており,Quality lifeの低下にも影響を与えていると報告されている1.その後遺症に対して,昨今多くのアプローチが考案されている.特に,米国心臓/脳卒中ガイドラインにも示されている,課題指向型アプローチ,Constraint-induced movement therapy(CI療法),電気刺激療法,メンタルプラクティス,練習量を確保するためのロボット療法は,効果のエビデンスも確立されており,推奨されている.

 ただし,これらの療法以外にも,脳卒中後に生じる上肢麻痺に伴う運動障害に対して,伝統的に臨床において用いられている方法は存在しており,装具療法もその一つと言われている2.装具療法で用いられる装具とは,『神経骨格系の構造および機能的特徴を修正するために使用される外付けの道具』と定義されている3.したがって,それらをアプローチの中で用いた介入が装具療法とされている.

 伝統的な装具療法においては,良肢位を確保するための静的装具が用いられることが多かった.静的装具の役割は,関節を構成する両側の部位を固定することで,関節運動を抑制し,不適切な肢位や運動を制限することにある.静的装具を用いる目的としては,1)生体力学的な観点からは,脳卒中後に生じる麻痺による過度な不動や廃用症候群の影響による筋肉の短縮や萎縮等を予防するため,2)神経生理学的な観点からは,脳卒中後に生じる痙縮や過度の筋緊張の亢進を含む,伸長反射の異常等を抑制するため,の2点であると言われている4.ただし,最近では,前述の静的装具に加え,機能回復を促進するために,バネや形状記憶合金等による外力を発生させ,不足する随意運動を補う目的で作成された動的装具も,臨床場面においては使用されることも増えてきている.これらを踏まえて,2020年に発行されたStroke Rehabilitation Clinician Handbook 5では,装具(静的,動的装具の双方を含む)の使用の目的について,1)痙縮の予防,2)痛みの軽減,3)機能的アウトカムの改善,4)拘縮の予防,5)浮腫の予防,の5つを挙げている5.

2. 装具療法のエビデンス

 脳卒中後に生じる上肢麻痺に対する装具療法に関する効果のエビデンスについて,検討がなされている.Pritchardら6は,上肢,装具,脳卒中に関連するキーワードで検索を実施し,デザイン等の研究に関する質の検討を実施したシステマティックレビューの結果,6件の研究において,有意な結果が得られたと示している(結果の効果量はCohen dにおいて0.52から9.02).さらに,Tysonら7も,システマティックレビューとメタアナリシスによる分析を実施している.その結果,4本の研究がシステマティックレビューの結果抽出されたものの,メタアナリシスの対象となった2つの論文(装具療法[伸展位,中間位と一般的なリハビリテーションを提供した群と一般的なリハビリテーションを比較した群)では,すべての論文において,対照群との間に有意なアウトカムの変化量の差を認めなかったと報告している.これらの結果も鑑み,2020年に発行されたStroke Rehabilitation Clinician Handbookでは,脳卒中後に生じる上肢麻痺に対する装具療法のエビデンスとしては,関節可動域の項目のみ,対照群に比べ有意な変化量の改善を示した研究が多いとしたものの,その他の項目(運動機能,手指機能,日常生活活動,痙縮,筋力)においては,対照群と有意な変化量の差はないと結論づけている5.これらを鑑みると,脳卒中後に生じる上肢麻痺に対して,上肢装具は,筋肉の短縮や萎縮等の予防を通し,関節可動域の改善を促す可能性があると言える.ただし,この分野の研究数は,デザインが不正確なものが多く,かつ本数も他の領域に比べ,非常に少ない.また,これらの研究において,対象となっている研究が,静的装具を用いたアプローチを採用したものばかりである.したがって,今後の研究結果を注視する必要がある.


参照文献

1. Nakayama H, et al. Compensation in recovery of upper extremity function after stroke. The Copenhagen Stroke Study. Arch Phys Med Rehabil 1994; 75: 852-857

2. Williams PL et al. Cerebral vascular accident. In: WilliamsPL, ed, Occupational therapy practice skills for physical dysfunction, 4th ed, pp 785–805, St Louis: Mosby, 1996. 

3. Ponton FT. Orthotics. In: Goodwill CJ, et al. eds, Rehabilitation of the Physically Disabled Adult. Cheltenham. pp 657–684 Stanley, Thornes (Publishers) Ltd, 1977. 

4. Lannin N, et al. Is hand splinting effective for adults following stroke? A systematic review and methodological critique of published research, Clin Rehabil 2003; 17: 807– 816.

5. Teasell R, et al. Hemiplegic upper extremity rehabilitation. Stroke Rehabilitation Clinician Handbook 2020; 4

6. Pritchard K, et al. Systematic review of prthoses for stroke-induced upper extermiy deficits. Top Stroke Rehabil 2019; 26: 389-398

7. Tyson SF, et al. The effect of upper limb orthotics after stroke: a systematic review. NeuroRehabilitation 2011; 28: 29-36

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