脳卒中後の痙縮の軽減および関節可動域の改善におけるストレッチのエビデンス

竹林崇先生のコラム
神経系疾患
リハデミー編集部
2022.03.28
リハデミー編集部
2022.03.28

<抄録>

 脳卒中後の上下肢の麻痺に伴う障害の一つに痙縮とそれに伴う関節可動域の障害がある.これらは,痛みや生活における活動レベルの障害を惹起し,脳卒中患者のQuality of lifeを阻害する一要因とも考えられている.これらの障害に対して,一般的な臨床で広く使われている手法が,ストレッチである.本、コラムにおいては,脳卒中後の痙縮とそれに伴う関節可動域の障害に対して,ストレッチがどの程度の効果のエビデンスを有するかについて,解説を行う.

1. 脳卒中後の痙縮やそれに伴う関節可動域の障害の発生率について

 脳卒中は,脳の障害部位によって様々な症状を有する疾患である.脳卒中の発症率は,人口10万人あたり年間144-187人と言われており,世界の死因の上位4つの一つと考えられている.脳卒中による後遺症は,多岐にわたるが,その全てが重大な生活を送る上での制限になる可能性がある.その中でも,実生活に大きな影響を与える症状としては,運動に関わる神経機能の障害に起因するものと考えられている.脳卒中発症後,生存者の3分の2以上1に麻痺や痙縮をはじめとした様々な後遺症を発症するため,これらに対するアプローチの開発は重要であると考えられている.

 痙縮は脳卒中患者に非常に良く認められる併存障害であり,脳卒中患者の40%程度に認められると報告されている2.この障害は,中枢神経の病変と関連しており,痙縮やクローヌ巣といった様々な臨床所見を引き起こす.痙縮は伸長反射がもたらす筋肉の継続的な過剰興奮性と定義されており,臨床所見としては,過剰な腱反射,受動運動(他動運動)に対する著しい抵抗感(折りたたみナイフ現象),過緊張などが知られている.特に,過緊張は,筋肉の伸長反射の更新による緊張への悪影響から生じる上位運動ニューロン症候群の一部であり,筋肉の運動制御や対象者のQuality of lifeに悪影響を及ぼす*3.

 痙縮を生じた脳卒中患者のリハビリテーションにおいては,神経内科医,リハビリテーション医,看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,ソーシャルワーカーなどで構成される多職種チームで関わることが重要であり,特定の技術を駆使して,包括的な視点から治療にアプローチする必要がある.最近では,薬物療法,鍼治療,装具療法,キネシオテープ,経皮的電気刺激,体外衝撃波,などの技術が使われている.ただし,特定の薬剤や機器,材料が必要なものが多く,臨床現場での実施はそれらのハード面に左右されることから,どこででもできる治療法ではないと考えられている.


*ここで,痙縮と混同しやすい症状に同時収縮(共収縮)がある.同時収縮とは,関節の主動筋(アゴニスト筋)と拮抗筋(アンタゴニスト筋)が同時に収縮することである.健常人では,運動皮質から命令が出され,主動筋を収縮させると同時に,介在ニューロンIaを介して,拮抗筋が抑制される(弛緩する)相互抑制が起こる.上位運動ニューロン症候群が起こると,相互抑制が失われ,それぞれ拮抗する筋が同時に収縮する現象が見られる.

2. 痙縮に対するストレッチのエビデンス

 さて,前項にて,様々な手法について,触れたがそれぞれの手法にはバード面の壁が存在すると論述した.その中で,比較的簡便に療法士と対象者,または対象者が単独でも実施できる手法が『ストレッチ』である.では,臨床現場でも簡便に実施可能なストレッチの現在のエビデンスは,世界においてどのように認識されているのであろうか.Gomez-Cuaresmaらは,痙縮に対するストレッチの方法について,ランダム化比較試験を対象としたシステマティックレビューおよびメタアナリシスを実施している.

この研究はでは,2021年の3月までの論文に関して発行されたランダム化比較試験を対象に,収集・分析した結果,8本の論文が選択されている.また,それらに対し,質的分析を実施したところ,6本が研究対象となった.対象に対するメタ分析の結果では,痙縮と関節可動域制限に対するストレッチの有効性に関するストレッチの有効性に関する決定的なエビデンスは得られなかったと報告している.ただし,この研究内で対象となった論文におけるストレッチの種類(静的および動的),適応時間,痙縮の異なる構成要素の測定,アウトカムの特性等を考慮した上で,さらに細分化した研究が必要であると思われる.


参照文献

1. O’Dell M.W., et al. Stroke rehabilitation: Strategies to enhance motor recovery. Annu. Rev. Med. 2009;60:55–68.

2. Wissel J., et al. Toward an epidemiology of poststroke spasticity. Neurology. 2013;80:S13–S19.

3. Trompetto C., et al. Pathophysiology of spasticity: Implications for neurorehabilitation. BioMed Res. Int. 2014;2014:354906.

4. Gomez-Cuaresma., et al. Effectiveness of stretching in post-stroke spasticity and range of motion: systematic review and meta-analysis. J Pers Med. 2021; 11: 1074

前の記事

脳損傷後に生じる痙縮...

次の記事

最初のターニングポイ...

Top