多発性硬化症に対するConstraint-induced movement therapyの実際
抄録
Constraint-induced movement therapy(CI療法)は,脳卒中後の上肢麻痺に対するアプローチとしてTaubらによって開発された方法である.本稿では,神経難病の一つである多発性硬化症に対するCI療法の現状と効果について解説を行う
多発性硬化症に対するConstraint-induced movement therapyの歴史
2008年に,Markらが慢性期の多発性硬化症患者5名に対し,2-10週と対象者の状況に応じて,フレキシブルな介入期間で,計30時間の反復タスクトレーニングと実生活において麻痺手の使用を促すための行動療法(Transfer package)を含むConstraint-induced movement therapy(CI療法)を行なった.その結果,介入前後,介入から4週後にかけて,疲労評価と最大運動能力,および自発的な実生活における麻痺手の使用頻度の有意な改善を認めたと報告している.このケースシリーズ研究における知見によって,緩徐に増悪と寛解を繰り返す多発性硬化症の麻痺手に対するアプローチとしてCI療法が良好な影響を与える可能性が示唆された.また,Markらは,2013年に,多発性硬化症患者の下肢麻痺に対して実施したCI療法の4年間のフォローアップを報告した.この研究では,3週間で52.5時間の麻痺側下肢に対するアプローチを継続的に実施した結果,麻痺側下肢の機能改善は概ね認めなかったが,実生活における麻痺側下肢の活動量を測るLower extremity Motor Activity Log (LE-MAL)の大幅な変化と,アプローチ後1年間の維持効果を認めたと報告している.これらの準備的なケースシリーズにより,上下肢ともに多発性硬化症によって生じる麻痺に対して,CI療法がある一定の効果が期待できるとされ,検証作業が加速していくこととなる.
多発性硬化症に対するCI療法の効果
上記の準備研究により,一定の効果が期待されたCI療法に対し,Markら3は2018年に第Ⅱ相*のランダム化比較試験を実施した.この研究は,進行性の多発性硬化症患者22名を対象としている.対象者は,1)CI療法を実施した群,2)補完的代替医療(アクアセラピー,マッサージ,強度の低いヨガ,リラクゼーションテクニック(呼吸に注意した瞑想)を実施した群,にランダムに割り付けられた.なお,この研究におけるCI療法は,1)麻痺手を用いた集中練習,2)ポジティブなフィードバックを伴う,運動目標に対して細かな難易度調整,3)起床時間の90%を目標とした非麻痺手の拘束,4)練習における麻痺手の機能改善を生活に転移させる行動学的戦略(Transfer package)を行うものであった.両群ともに,1日3.5時間の集中練習を10日間実施した.この結果,CI療法を実施した群は,補完的代替医療を実施した群に比べて,麻痺手の使用頻度については,介入前後の変化量および介入後から介入後1年の変化量において有意な改善を認めたと報告している.加えて,機能・運動障害においては,介入前後では両群間に有意な差は認められなかったが,介入後から1年後においては,CI療法を実施した群が補完的代替医療を実施した群に比べて有意な改善を認めたと報告している(図1).さらに,Barghiらが,同研究内で,介入前後の両群の大脳の白質の構造的な変化の差を検討した所,対側の脳梁,同川の上後頭回,同側の上側頭回,および対側の皮質脊髄路において有意な構造的な増加を認めたと報告した.
さらに,de Sireらも,10名の多発性硬化症患者を,1)CI療法を実施した群,2)両手動作練習を実施した群,にランダムに割付け,比較研究を行なった.結果,CI療法を実施した群が,両手動作を実施した群に比べ,機能・運動障害と運動学的な分析(加速度や滑らかさ)において有意な改善を認めたと報告している.これら,小規模なランダム化比較試験の結果からも,多発性硬化症に対するCI療法には一定の効果が見込める可能性がある.
本邦における多発性硬化症に対するCI療法の報告
本邦において,多発性硬化症に対する介入としては,2015年に,打田らが,多発性硬化症の亜型である視神経脊髄炎に対し,ボツリヌス毒素と電気刺激療法を併用したCI療法を実施し,麻痺手の機能・運動障害および実生活における使用頻度の改善を認めている.本邦では未だ試行例が少ない現状ではあるが,アプローチの選択肢としてCI療法の活用が望まれる.
*第Ⅱ相試験とは,臨床試験における2番目の段階で,第Ⅰ相試験で安全性が確認された用量の範囲内で,同意を得ることができた比較的小規模な対象者に対し,主に治療薬(今回の場合はCI療法というアプローチ)の安全性および有効性・用法(投与の仕方:投与回数、投与期間,投与間隔,等)・用量(最も効果的な投与量)を調べるための試験とされている.目的としては,第Ⅲ相試験を実施される際の目安となる安全性や用法・用量を決定する際に使用されることも多い.なお,探索的臨床研究とも言われており,この段階から割付のランダム化,および盲検化により実行バイアスを調整することが多い.
謝辞
本コラムは,当方が主催する卒後学習を目的としたTKBオンラインサロンの須藤淳氏,佐藤恵美氏,森屋崇史氏,井本裕堂氏,甲斐慎介氏,高瀬駿氏,金子隆生氏,に校正のご協力をいただきました。心より感謝申し上げます。
参照文献
引用文献
1、Mark VW, et al: Constraint-induced movement therapy can improve hemiparetic prognosis multiple sclerosis. Preliminary findings. Mult Acler14: 992-994, 2008
2、Mark VW, et al: Constraint-induced movement therapy for the lower extremities in multiple sclerosis: case series with 4-year follow-up. Arch Phys Med Rehabil 94: 753-760, 2013
3、Mark VW, et al: PhaseⅡ,Randomized controlled trial of Constraint-induced movement therapy in multiple sclerosis. Part 1: Effects on real-world function. Neurorehabili Neural Repair 32: 223-232, 2018
4、Barghi A, et al: PhaseⅡ,Randomized controlled trial of Constraint-induced movement therapy in multiple sclerosis. Part 2: Effect on white matter integrity. Neurorehabil Neural Repair. 32: 233-241, 2018
5、de Sire A, et al: Constraint-induced movement therapy in multiple sclerosis: Safety and three-dimensional kinematic analysis of upper limb activity. A randomized single-blind pilot study. NeuroRehabilitation. 45: 247-254, 2019
6、打田明,他:A型ボツリヌス毒素製剤投与後に上肢集中訓練を実施した視神経脊髄炎の1例.総合リハビリテーション43:773-776, 2015