新たな課題指向型アプローチであるGraded-repetitive-arm-supplementary-program(GRAPSP)の上肢機能と実環境における麻痺手の使用行動に対する影響について
<抄録>
脳卒中後の上肢麻痺に対して,様々なエビデンスが示されている.その中でも,Constraint-induced movement therapy(CI療法)をはじめとした課題指向型アプローチのエビデンスは多く示されている.近年,従来の課題指向型アプローチについて,Graded repetitive arm supplementary program(GRAPSP)と言ったアプローチが開発されている.本コラムにおいては,新たな課題指向型練習であるGRASPについて,効果も含めた解説を行う.
1.脳卒中後上肢麻痺を呈した対象者におけるGraded-repetitive-arm-supplementary-program(GRAPSP)について
脳卒中は,罹患後に長期にわたる深刻な身体障害を呈する疾患であり,北米では毎年約75万人が新たに脳卒中を罹患していると言われている.またこれらの疾患に対する,国家レベルの年間経済的なコストは680億ドルと言われており,これらを軽減するアプローチの開発は,脳卒中患者の幸福のみならず,一般健常人の生活も向上させると考えられている.
そう言った背景の中で,近年,脳卒中後の麻痺手に対するアプローチは,発展を遂げ,複数のアプローチが開発されている.その中で,エビデンスが確立されたアプローチとして課題指向型アプローチがある.このアプローチは,対象者の目標を決定し,それらを達成するために,目標となる課題に近しい練習状況を設定し,その中で上肢機能の改善を促す介入と考えられている.代表的な課題指向型練習としては,Constraint-induced movement therapy(CI療法)等が有名であるが,近年では,新たなアプローチ等も開発,検討がなされている.
新しい課題指向型アプローチの一つとして,Graded repetitive arm supplementary program (GRAPSP)がある.このアプローチは,University of Colombia(UBC)のEngらによって開発されており,上肢機能と実生活における麻痺手の使用行動を促進することを目的とした自己管理型の補足的な上肢運動プログラムと言われている.
この介入はの目的は,①日々の上肢機能練習や日常生活における活動における麻痺手の使用行動について,担当療法士と確認を繰り返す中で,対象者の上肢機能の回復の可能性を高めること,②リハビリテーション 病院退院後(療法士による毎日のリハビリテーションが受けられなくなった後)の対象者自身による麻痺手の自己管理ができるように促すこと,③脳卒中後にしばしば認められる『learned non use(学習性不使用)』を予防すること,④治療プロセスの中で対象者および家族を教育することによって,GRASPを用いたリハビリテーションに対して,積極的な参加を促すこと,が挙げられている.
プログラムを実施する際には,①対象者自身が,療法士による上肢麻痺に関連するリハビリテーションの指導に対して,1時間以上対応が可能なこと,②麻痺手に関わる痛みや疲労の訴えが,状況に応じて,療法士をはじめとした医療者に対して可能なこと,が対象者の参加要件として挙げられている.対象者のクライテリアについては,少なくとも麻痺側の肩甲骨の挙上および手関節のわずかな背屈ができることが示されている.
従来型の課題指向型練習が中等度から軽度の麻痺を呈した対象者を対象にしていることと比して,GRASPはFugl-Meyer Assessment(FMA)の上肢項目10点以上という重度例についても,適応としている.GRASPのプログラムは,重症度に応じてLevel1-3が設定されており,FMAの上肢項目が10-25点の対象者がLevel 1,26-46点の対象者がLevel 2, 46-57点の対象者がLevel 3と設定されており,プログラムが複数準備されている点が特異的な点である.
2.亜急性期におけるGRASPのエビデンス
亜急性期(脳卒中発症4週間程度)の脳卒中患者に対して,4週間の自己管理型段階的反復上肢補助プログラムであるGRASPの効果を調べるために,Harrisらは,他施設単一盲検ランダム化比較試験を実施している.この研究においては,103名の亜急性期の脳卒中患者を,実験群(GRASP群 n=53)と対称群(通常の患者教育プログラム m=50)にランダムに割り付けた.この研究の対象者は,Action research Arm Testにおいて31.1(18.3)と言った中等度から軽度の上肢麻痺の重症度を有した対象者であった.また,プライマリーアウトカムとしては,Chedoke arm and hand activity inventory(CAHAI)を設定している.研究の結果としては,GRASP群が対照群に対して,CAHAIにおいて有意かつ大きな改善を示したとされている(平均差6.2: 95%信頼性3.4-9.0).また,GRASP群は対照群に比べて,脳卒中発症後5ヶ月の時点でもこの有意差を維持できたと報告している.
これらの結果から,GRASPは,脳卒中後亜急性期の中等度から軽度の上肢麻痺を有する対象者において,麻痺手の機能および実生活における麻痺手の使用行動において,有意な効果を示すことができる可能性が示唆された.この結果は,課題指向型練習のバリエーションを増やすものであり,対象者の特徴に応じた選択肢が増えたことを示唆している.
参照文献
1.Harris JE, et al. A self-admistered granded repetitive arm supplementary program (GRASP) improves arm function during inpatient stroke arehabilitation. A multi-site randomized controlled trial. Stroke 40: 2123-2128, 2009