戦略的思考に基づくリハビリテーション-後編-

戦略的思考に基づくリハビリテーション-後編-
リハデミー編集部
2019.01.10
リハデミー編集部
2019.01.10

患者の希望(HOPE,DEMAND)

戦略的思考に基づいたリハビリテーションでは、明確な目標設定が必要となる。リハビリテーションの目標は、患者、または患者の家族の希望・期待に基づいて設定されるべきものである。患者の主観的な要求や希望は、HOPEやDEMAND、DESIREという用語で表される場合が多い。これらの用語の詳細な使い分けは、必ずしも整理されているわけではない。本記事の中では,これらの用語の意味や用法について、運用上の区別を定義はしない。動作能力の改善のための理学療法アプローチを戦略的思考に基づいて解説することが本記事の意図するところであり,言葉の定義や用法の解説は他書に譲る。ただし,本記事の名で用いる用語については、何らかの取決めをしておかないと不便なので、本記事の中では患者の希望をHOPEという用語で表現する。本記事が言う所のHOPEとは「患者が望む人生」であり、リハビリテーションの目標となる「本来あるべき状態」と同義である。しばしば、HOPEはNEEDSと混同されがちだが、両者は明確に区分されるべきである。本書の中ではNEEDSは、HOPEを叶えるために必要な構成要素を表現する用語として用いる。HOPEは「患者が考えるもの、または感じているもの」であるのに対して、NEEDSは「セラピストが考えるもの」であり、両者は階層的な関係にある。

HOPEは「患者が望む人生とは何か?」という問いに対する回答であり、抽象的な性質を持つため、患者自身もそれを具体的に言語化することが難しい。そのため、HOPEが何かを訊ねると、多くの患者が「歩けるようになりたい」「手が動かせるようになりたい」「痛みが無くなって欲しい」と答える。しかし、これらの言葉は患者のHOPEを直接的に表現しているものではない。患者が「歩けるようになりたい」と言うのは、「患者が望む人生」に戻るための必要条件として、「歩けなくてはならない」と思っているからであり、「歩けること」そのこと自体がHOPEであるわけではない。HOPEは、「なぜ歩けなくてはならないのか?」「歩いて何がしたいのか?」という事を突き詰めていった先に見えてくる「患者が望む人生」なのである。セラピストは患者が語る言葉の行間を読み、想像力を働かせて患者のHOPEを探らなくてはならない。もしも「歩けること」を目標に設定した場合、歩けなければ、患者は望む人生を取り戻すことができないという事になってしまう。身体機能や日常生活能力が,人生のクオリティー(quality of life QOL)を決定づけるものではない。仮に患者が歩けなかったとしても、他の手段を使って「患者が望む人生」へ近づけなくてはならない。リハビリテーションの目標は、「患者が望む人生」を取り戻すことであって、「身体機能を回復させること」そのものではない。

 

NEEDS

NEEDSは、HOPEを叶えるために必要な構成要素であり、リハビリテーションで解決しなくてはならない課題である。患者が望む人生を送っていくために何が必要なのかを予測し、NEEDSを抽出する。したがって、NEEDSを明らかにするためには、患者のHOPEを理解しておく必要がある。NEEDSは、より具体的な内容を含んだものとなる。 

たとえば、「起居、起立動作の介助負担を患者の奥さんが一人で介助できるレベルにする」、「自宅から勤務先まで公共交通機関を利用して通勤ができる」、「居室からトイレへ自力でアプローチし、排泄を自立して行える」、「車椅子で3時間以上座位保持が可能で、自力で臀部の除圧ができる」など、患者、家族が望む生活を想定し、その阻害となりうる事象・障害が何かを明確にした上で、具体的なNEEDSをリストアップすることが重要である。

ある患者のNEEDSが「通勤が公共交通機関を利用して自力でできること」だったとしよう。そのための手段として歩行を考える場合、「どのような歩行能力が要求されるのか」を考え、患者が獲得しなくてはならない歩行の具体的なイメージを作ることが重要である。通勤のための歩行能力には,屋外の不整地を歩け、かつ歩行速度や歩幅を自在に変化させる能力が必要となる。むろん持続歩行可能な距離も通勤経路によって決まってくる。また、階段昇降が可能なだけではなく、人の往来の流れに乗って階段を昇降できなくてはならない。そのためには、階段の手前で立ち止まることなく歩行から連続して,昇段や降段ができることが求められるなど、一口に屋外歩行の自立と言っても、そこに含まれてくる歩行能力は様々であり、その1つ1つが具体的なNEEDSとして、リハビリテーションの対象となるのである。

セラピストはあらゆる情報を統合的に解釈して患者の近未来の予後を予測して「本来あるべき状態」とのギャップを把握する。そのギャップを埋める作業がリハビリテーションの実践となる。

 

予後予測

NEEDSを満たすための手段をどのように設定するのかは予後予測と密接に関連する。前述した「通勤が公共交通機関を利用して自力でできること」がNEEDSの場合、患者の予後予測から、歩行能力の獲得が難しいと推測される場合には、別の手段を考えなくてはならない。リハビリテーションの戦略は、NEEDSと予後予測との関連によって決まる。リハビリテーションの対象となる疾患は多岐に及んでおり,疾患の多様性と患者一人一人の個別性により、患者の予後を予測することは難しい。同じ疾患であっても、患者によって障害の程度や性質が異なり、回復の経過も様々である。また、リハビリテーションの治療介入によって、必ずしもすべての患者の身体機能が完全に回復する訳ではない。患者に対するリハビリテーションの実践の経過は、決して完全には予測することはできない。このことが、リハビリテーションの戦略の立案を難しくしている。

患者の予後を予測する作業は容易ではない。多くの疫学的研究から予後予測のアルゴリズムが試案されているが、そのような予後予測式が与えてくれるのは、あくまでも確率論的で蓋然的な情報である。疫学的調査の結果が確実な未来予測を与えてくれるものと盲信することは、誤った戦略的思考を導き出す危険性がある。

多くのセラピストは、日々の臨床の中で感じ取る患者の身体機能の変化を参照して、予後を予測しているのではないだろうか。これは患者の個別性による影響を反映できる最も現実的な方法であると言える。しかし一方で、セラピストの情報処理能力や経験値といったものにより、予測精度が大きく左右されるという欠点がある。また、患者の身体機能の回復は、必ずしも直線的に経過するわけではなく、発症からの時間が経過するに従い、回復の割合も徐々に少なくなっていく場合もある。そのため、ある限られた時点での身体機能の変化を見て、その傾きを単純に日数で乗算しても予後を予測することはできない。治療の経過とともに予後を徐々に明らかにしていこうとすると、ある程度の時間が経過しないと、予後予測ができないため、初めから明確な治療目標を設定して治療介入を行うということが難しい。

そこで、予後予測を行う場合には、疫学的研究から導き出される予測式と経験則、介入による変化の度合いなどを総合的に考察し、複数のプランを考えておくと良い。その際、予後がどうなろうとも、NEEDSを満たすようなプランが用意されるべきである。仮に患者が歩けなかったとしても、他の手段を使って「患者が望む人生」へ近づけるように予め想定しておく必要がある.NEEDSを満たすための手段として、いくつかの手段を想定し、治療介入の経過とともに患者の回復が芳しくない場合には、プランAをプランBに変更する。または、ある時期に、プランA、プランBの両者を想定した治療プログラムを実施し、治療介入の幅を持たせておくことも必要になるだろう.身体機能や日常生活能力が、人生のクオリティー(quality of life QOL)を決定づけるものではないということをセラピストは忘れてはならない。

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