吉尾雅春先生インタビュー③:ガイドライン作成の苦難と新たな発見

吉尾 雅春先生 × 藤本 修平先生インタビュー
リハデミー編集部
2020.04.05
リハデミー編集部
2020.04.05

第1版から第2版へ

藤本:ありがとうございます。では次の質問にうつります。今、診療ガイドライン作成の真っ只中で、各作成班やシステマティックレビューなど、ご尽力いただいているところだと思います。先生から見て「診療ガイドライン作成の大変なところ」、と「こういう方法があったのかという新しい発見」などがあれば教えていただきたいと思います。

吉尾:そうですね、私は第1版に班長として関わったのですが、その時は、今みたいにシステマティックにできていませんでした。今はシステマティックに行えていて、道筋が見えてくるので道筋に沿って進めることができています。第1版は、「溺れる者は藁をもつかむ」感じでしたが今はとてもスマートです。「とてもうまくできている」、「有能な」というイメージも含めてスマートだと思いますね。限られた時間でつくっていかなければならないので、道筋もないまま進めていってもどうしようもないんですね。臨床家は「これもあるんだからここも!」という浪花節的なところがありますが、今回は「そこはいい。」と割り切りながら進めています。私も最初は、「それでいいのかな?」と思うところはありましたが、ある程度割り切ることも必要だと理解した時にすっきりしましたね。原著論文をきちんと読まないと判断できないので、第1版の班長のときには、原著論文を600本ほど読みました。読んだと言っても「これはいいかな」というものはアブストラクトレベルですがね。若い人たちに訳を頼んでレポートしてもらいましたが、意味が分からない訳も多く、結局は全部読まざるを得ないという状況でした。中には、よく訳されているものもありましたが、多くは読み直さなければなりませんでした。今回はそういった点もスマートだと感じています。

藤本:第1版は立ち上げですので、荒削りでもとりあえず出すことに意味があり、第2版は型にはめて行って、ポイントは次になると思うんですよね。

吉尾:そう思います。

藤本:第1版をもとに第2版が出て、第2版から次の版では、臨床で活用しやすくするためにはどうしたらよいかというところですよね。

吉尾:私もそこに期待しています。今回はとにかくきちんとしたものを作って、そこからどうやって臨床に活かしていけるガイドラインにできるかを自分たちで議論しながら進めていけたらいいと思います。

藤本:そうですよね。第2版が出た後に大事なのが普及と活用ということですよね。そこに力を入れることができれば、おそらく臨床にいる人たちも、研究者の人たちも、「この研究は足りていないんだな」と気づくことが出てくると思うので、そういう意味では少し期待したいところではありますね。ありがとうございます。

リハビリテーション業界の教育の実態

吉尾:ただ、少しだけ危惧しているところがあるんです。若い人たちも先輩たちもよく勉強しています。ただ、自分の世界で勉強しているので、結局ガイドラインに触れないんですね。

藤本:そうなんですよね。

吉尾:それが一つね。ガイドラインに触れないことがひとつと、もうひとつが、これは教育に圧倒的に問題があると思うんですが。例えば、脳卒中の分野では、私にとって上田敏先生はとても意味のある、意義深い存在だと思っています。でも若い人たちは上田敏という先生を知りません。

藤本:そうなんですか?えっ!?

吉尾:はい、今日聞いてもいいですよ 。

藤本:それはちょっと聞いて欲しいです。

吉尾:今日は東京だから多少は多いかもしれないですけが、それでもたぶん10人前後だと思います。

藤本:自分が10年目ちょっとですので、自分の代ぐらいまでなんでしょうか、もしかしたら。

吉尾:教育で教えてないんです。

藤本:なるほど。

吉尾:例えばリハビリテーションの思想であったり、人間学みたいなものを学ぶ時にも、とても大切ですよね。

藤本:そうですよね。自分1、2年生の時には、理学療法概論があって、その思想も含めて調べなければいけないとき、必ず上田先生の本はとっていた記憶がありますね。でも今は授業としても段々少なくなっているんですかね。

吉尾:それともうひとつ、これはもっとひどいんですけれども、ハーシュバーグという、対ボバースとして批判的な方がアメリカでいらっしゃったんですが、今は聞いても一人も知りません。

藤本:歴史的なところに触れる機会が少なくなっているし、興味を持つ人も少なくなっているのかもしれないですね。

吉尾:一方でボバースさんって全員が知っていますよね。ということは、これはもう教育の世界そのものですよね。

藤本:なるほど。

吉尾:「何をやっているんだ」と思いますよ。ボバースさんのことは全面的に否定しているわけではないですが、授業でそこまで突っ込んでやらないといけない立場かというと少し違うかなと思います。一ボバースを批判した理由はここにあるということを授業で伝えることも教育の責任だと思います。

藤本:そうですね。教育は中立でなければいけないということは、必ず考える必要がありますよね。

吉尾:まして廃用の問題を問うた時に、ハーシュバーグは廃用の世界で必ず出てきていい立場の方だと思うんです。これを教えていくのが僕は教育だと思います。

藤本:まさにそうですね。自分の立場を守るためのポジショントーク的に教育している教員の方はたしかに多いなと感じます。

吉尾:ですよね。

藤本:研究者がという言い方は変ですけれども、例えば統計が得意な先生が、統計は絶対大事だと言っても、だんだん歴史が変わってきているので、知っている範囲内でしか喋らないというのは多分そういうことなんですよね。

吉尾:だからね、ガイドラインのことも知らないという人がけっこう出てくると思います。それとガイドラインでこうだと語っても、それを受け入れない人たちもまだまだ出てくるだろうと思いますね。

藤本:一応指定規則で「診療ガイドラインを含めて根拠のある理学療法をしていくべきである」みたいな文言が入ったと聞いて、少しだけ安心したんですよね。でもやっぱりまだまだですよね。

吉尾:でもね、教育の中で、エビデンスを示すのに、なんとか法の方は「こういうことですからいいんです」と説明するわけです。学生からしたら「これがエビデンスなんだ」と思いますよね。

藤本:なるほど、そうですよね。やはり仕組みそのものを変えないといけないですよね。

吉尾:そう思います。仕組みを変える点については懸念しています。そこを変えて行くには時間が相当かかるのかなと思いますね。リハテックリンクスさんと絡んでから2年ちょっとの間だけでも随分変わったと思いますよ。すごくいいと思いますよ。今回の5回シリーズのセミナーも、かなりの人数の方が興味を持って来られますしね。

藤本:別会場ですものね?

吉尾:そうですね。しかも5回やることでどんどん積み重なっていっていて、興味を持ってくれる方がずいぶん増えてきたなと感じています。

藤本:それはそうですよね。たしかに。

吉尾:若い人たちは頑張っています。今から10年前は「今時の若い連中は」という発言がとても多かったですが、最近は聞かなくなりました。今は、逆を言われている気がします。

藤本:それはあるかもしれませんね。

吉尾:「今時の管理者たちは」というようなね。「過去の名前で知られているけれども、今、社会が求めているものに何も答えられていないのでは」言われているような。現実そうだと思います。彼たちは相当、性根入れて頑張らないといけません。その最たる人が僕は学校の教員だと思います。

藤本:それはまさにおっしゃる通りだと思います。

吉尾:教員の教育は相当努力していかないとどうにもならないなと思います。教員のためのセミナーを打ち立てて行っても誰も来ませんしね。

藤本:そうなんですよね。

吉尾:今度、徳島でも日研の研修会がありますけれども、教員は来ないのではと思いますね。

藤本:自分が診療ガイドラインの研究を始めたのが7年前になります。当時は、診療ガイドラインの勉強を病院内でやりますよと声をかけても、後輩が5人くらい社交辞令で来てくれたくらいでした。6年くらい前になって、医師からお呼びがかかって講習会をやるようになり、、そこに無理やり連れてこられたPTたちの中で、大事な勉強だと思ってくれた人から徐々に直接連絡を頂くようになりました。6年前の2013年、診療ガイドラインが出て2、3年くらい経った時に、。京都大学で活動していたら、徐々に診療ガイドラインのニーズが上がって来て、研修会でもお呼びいただけるようになりました。そうしたらPT協会でも、話が進み、2017年から私も診療ガイドラインに関わらせていただいていますけれども、これも積み重ねですよね。まさにエビデンス、先生がされている脳科学もそうですし、脳の解剖もそうですし、勉強を続けている若手の人たちがいる中で、上の人たちはどういう立場にいるかということですよね。

吉尾:今さら若い人たちと一緒に画像の勉強をするのはおそらく勇気出ないのでしょうね。まして学校の先生が、自分の学校の卒業生と肩を並べて学ぶというのは。過去に、卒業生と一緒に勉強している先生を見たのは5、6人じゃないかな。

藤本:たしかにそうかもしれないですね。

吉尾:准教授より上の方はいらっしゃらないですね。

藤本:私がすごく印象的だったのは、ガイドラインや、共有意思決定(シェアード・ディシジョン・メイキング)との講習会に、私のスーパーバイザーだった先生が勉強しに来て下さったんです。実はその先生が小児の臨床でエビデンスベイストを教えてくださった先生で、こういう姿勢のある方が管理職、もしくは大学の教員になってほしいと思いますよね。私が学生の時の助教、講師は結構来てくださるんですけれども、准教授、教授、ましてや自分のゼミの先生になると、ある程度必須の研修会ですら私が講師をやる立場だと来なくなりますからね。その辺りは今の時代の問題点というか、変えていかなければならないところなんですかね。

吉尾:そうですね。完全に払拭される必要もないと思いますけれども、ある程度変わっていかないと、社会は変わり切れないかなと思います。十年一昔ぐらいはまだかかるのかなと思いますね。

藤本:そうですよね。先生にはいつまでも発信し続けていただかないといけませんね。

吉尾:私ね66歳です。

藤本:まだ大丈夫です。

 

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