頸部を専門に研究するという一つの軸-後編-
ゆがみはある領域をこえなければ悪ではない
藤本:難しい質問になってしまうかもしれませんが、脊柱のアライメントや首のアライメントに関して、健康グッズが結構多く出ていると思うのですが・・・・・・
上田:健康グッズですか!?
藤本:はい、たとえば最近よく見る健康グッズのオフィスチェアには、座るだけで姿勢が変わこのようになるというものがあり、通販で売られています。私自身もオフィスにいると健康グッズの購入について相談されるのですが、「別の動作に代えればわざわざ新しい健康グッズを使わなくてもいいと思いますよ」と言っても、結局そのまま使い続けて、かえって腰をが痛めている人がいるのです。効果を期待して使っていると思うのですが、このような「健康グッズあるある」のような話は絶えません。
上田先生は、健康グッズを使ってもいいが注意点がある、またはアライメントをむりやり治す必要はない、などといった意見はありますか?
上田:どうでしょうか。立位に比べると座位のほうが骨盤後傾になりやすいため、骨盤後傾を予防するという意味ではこのサポートはいいと思います。ただアライメントを前弯にしたのはいいのですが、安定し過ぎて座圧を移動させる運動が少なくなるのではないでしょうか。そうすると同じ部位に負担が加わるというデメリットもあるのではないか、と思っています。健康グッズを使用する際は、座圧を少し移動させることを意識するとよいのではないでしょうか。
藤本:ありがとうございます。
藤本:ありがとうございます。パッと見て、一般の方にもわかりやすい「歪みの指標」があるといいなと思います。たとえば、研究では脊柱の評価にスパイナルマウスが使われています。「こことここに着目したら少し歪んでるかもしれない」など一般の方にもわかりやすい目安はありますか?
上田:壁に立って、頸椎や腰椎の前弯に何横指以上離れていると前弯が強すぎる、などがあります。そのような指標が一番シンプルで一般の方もわかりやすいですね。
藤本:臨床ですと、どういった状態が歪みであると捉えますか? たとえば歪みは「こことここがゆがんでいる」などと考えますか?
上田:骨盤・胸郭・頭部の位置関係を大雑把に診ます。あと歪みが出やすいのは、胸郭にある肋骨です。胸郭に関しては柿崎藤泰先生(以下:柿崎先生)や大学院生がチームで研究をしています。第7胸椎から第9胸椎の上半身重心あたりがねじれやすく、この高さの肋骨がよく歪んでいるのを経験します。歪んでいる部分を見つけたら、歪みが取れる各部位の位置関係を評価してアプローチすることを考えて臨床を展開しています。
藤本:やはり、ゆがみは悪として捉えられるのでしょうか?
上田:ある領域をこえなければ、悪ではないと思います。過剰にありすぎると良くないです。ある程度の歪み、(歪みがあるからという表現ではないですが)つまり非対称性があって不安定だからこそ、はじめの一歩を出すことができます。完全な対称性になると静的には安定しますが、動的には動きづらいかもしれません。
藤本:過剰なゆがみかどうか、を判断する境界線は痛みが出るか出ないかですか? 臨床ではどのように判断されていますか?
上田:難しいですね。過剰な歪みとは、動きにくいとか動くと痛みが出る場合でしょうか…。色々な方向や最終域まで動かしても、動きやすく痛みが出ない場合は歪みが正常範囲内と判断しています。
藤本:そうしますと、歪みかどうかの判断基準は一人ひとりでだいぶ違いますね。
上田:一人ひとり違うと思います。
藤本:個人差が大きくなってしまうので、一人ひとり違うものに対して研究するのは難しいのかもしれないですね。歪みに限らず、ありとあらゆることに言えることですが、標準化して『このラインを超えたら歪みである』という指標はありますか?
上田:詳しくは調べられていませんが、臨床的な診かたでは頸椎の病態運動が出現させて、頸部の可動性を確保している場合は、過剰な歪みがあると判断しています。今後、臨床に使える指標を考えられるようにしたいと思います。
藤本:そうですね、難しいと思います。頸部に関してもですが、体幹は動作分析する上でも捉えにくいと誰もが思っているのではないでしょうか。調べてみると「体幹は回旋しているわけではなく、下が逆回旋している」といった結果ももちろんあると思います。このような様々なケースを踏まえた上で、研究もしくは臨床で標準化する場合、どのような点に気をつければいいのでしょうか。私も臨床にいたときは悩んでいました。
上田:標準化したいですけど、難しいですね。私も研究が進んでいないので(笑)。
藤本:今まで研究・臨床にいらっしゃるでの先生方は、基本的な触診、解剖学、運動学といった観点からリーズニングをしていったのでしょうか?
上田:そうだと思います。基礎医学と臨床医学を繋げてくださり、今の理学療法があると思います。
藤本:腰痛ではやクリニカルプレディクションルールなど明確なものも出てきていると感じますが、首についてもそのようなものはありますか?
上田:海外でマニュアルセラピーを学ばれた先生方の方が詳しいと思いますが、首に関しては腰ほどなのではないでしょうか。
藤本:では、「腰痛は何週間以内にこのような経過をたどり、92%の人は2ヶ月くらいで治っている」といったような予後予測は首についてもありますか?
上田:その点は私も勉強不足です。
藤本:いえいえ。 予後予測が出てくると、もう少し標準化が進むのではないでしょうか。
上田:そうですね。標準化することは医療の質を担保する上でも重要なことだと思います。
長時間の講習会は命を削っているなという感じ
藤本:ありがとうございます。では、最後の次の質問です。講師を行う上で、心がけていることはありますか?
上田:心掛けていることは臨床で経験した内容を体系化して先生方が応用できる知識と技術を提供するよう心掛けています。そのため、今回の講習会についても機能解剖で説明できるところから始めています。あとは、ゆっくり説明できているか、論理的に矛盾な点はないか、講習会前には講習会資料を読みながらイメージトレーニングをし、質を担保するように心がけています。また大学の授業と同様に、5時間の講習会の指導案(授業計画)を作成して提供する内容を一定にするように心掛けています。
藤本:それはすごいですね。他の先生方もおっしゃっていたのですが、受講生から見れば講習会をされている先生方については、講習会当日の姿しか知らないですよね。影でどれくらいの努力をされているか、というところは全然見えていません
上田:私だけではなく他の先生方も時間をかけて準備していると思います。5時間の講習会をやるためには準備なしにはできません。
藤本:そうですよね。各先生方の陰の努力が見えにくいからか、何かかしらの結果を得ると「自分にも簡単にアウトプットできるんじゃないか」と安易に考える方が増え、色々な講習会が乱立しているのだと思います。ですが、「スライド1枚をつくるのに、何分くらいかけているか」といった話も含め、その影には色々な努力があるということをもっと理解されたらいいな、と思います。
上田:ありがとうございます。
藤本:すごいですね。私が8時間の講習会をした時は、途中から意識が飛んでいました。
上田:結構疲れますよね。命を削っているなという感じです。ですが、執筆の依頼をいただいた時に長時間の講習会のために準備していたものを土台にして原稿を書くこともできます。そして研究で証明できそうだと思ったら、研究デザインに落とし込むこともできます。講習会を務めると自分自身の臨床・研究がブラッシュアップできます。
藤本:そうですよね。先にお話しする部分は理論があって、それを仮説にということですね。
上田:臨床先行です。
藤本:整形外科を中心に研究されている方は臨床があり、臨床エッセンスがあって、仮説をもとに検証されていく方も増えてきてはいるのですが、逆の研究をされている方も多くなってきています。実際に、現場で??が使われないのです。その点については問題であると私は感じています。臨床があり、臨床経験を大事にした上でエビデンスをつけていくことは大事ですよね。
上田:やはり、臨床が先にあってこその研究だと思います。臨床のスキルを磨き、臨床で生じた疑問を研究で証明していく、この過程が重要だと思います。私は臨床も研究もまだまだ中途半端だと感じていますが、臨床が本当に好きなので、臨床をしっかりやりつつ研究もして、そこで得たエッセンスを理学療法に応用して貢献できればと思っています。臨床も研究も両方取り入れたグレーゾーンが自分に合った立ち位置で、これからも臨床と研究を繋げる役割を果たしていきたいです。
藤本:日本では徒手療法をされている先生で、研究をされている方は多くない印象なのですが、世界的にはマニュアルセラピーの研究論文がたくさん出ていますよね。たとえば、日本では徒手療法の方が脳卒中と比べると研究されている方が多く、脳卒中はある程度の手技になると研究が進んでいないと感じます。徒手療法の方が研究しやすいのでしょうか。 上田先生の周りの先生で徒手療法を研究されている方は多いですか?
上田:お会いした先生の中では、首都大学東京の竹井仁先生や、畿央大学の瓜谷大輔先生はすごく研究されていると思います。私も見習わないといけないな、と思っています。
楽しいと思えるのは重要な指標
藤本:ありがとうございます。では、質疑応答の時間があまり多く残っていませんが、上田先生に質問がある方はいらっしゃいますか?
受講生:お疲れ様です。着目した頸部の分野は文献もそんなに多くはないにもかかわらず、新しい分野を開拓し、さらに勉強会まで開いていらっしゃるのがすごいと思いました。新しい分野に飛び込むときに、上田先生が大切にしていることはありますか? ぜひ教えていただきたいです。
上田:私はもともと脊柱が好きでした。脊柱の研究をしている時は時間を忘れるくらいのめり込んでいたので、体幹ですとかそのあたりの臨床や研究をすることが好きなんだな、という認識はありました。ただ、頸部の部分はあまり研究されていなかったので、最初は新しい分野に飛び込んでいいのか正直悩みました。しかし、学会発表を何回か続けていくうち、「ちょっとつながったぞ」という感覚があり、そこから臨床・研究で考えることが楽しくなりました。今も楽しいから続けている、という感じです。楽しいという直感が大切だと思います。
藤本:新しくて、なおかつ誰も着手していない1つの世界に飛び込むには、自分にとって楽しいことを選べばいいのですね。
上田:楽しいと思えることには自分の大切な時間でも存分に使えますよね。楽しむことではないでしょうか。
藤本:ポイントはやはり、学会発表でやりきるということですよね。チャレンジされる方は多いのですが、成功体験を得られず研究がフェードアウトしていってしまう人もすごく多いと思います。
上田:私も最初はそうでした。首の発表をしても、誰もほとんど聞いてくれませんでした。でも臨床と研究がだんだんつながってきて、少し説得力がある説明ができるようになると、聞いてくれる人が少しずつ増えてきました。
藤本:その地点までは時間をかけて粘ることが大事だ、ということですよね。
上田:はい、だいたいは同じような研究について5年続いたら凄いですよ。そして10年続く人はなかなかいないと思います。なかなか10年は続けられないですね。
藤本:そのくらいの覚悟が持てれば、結果的に10年続けられた、ということになるのでしょうね。
上田:楽しくないことを10年続けるのは苦痛です。ですから、楽しいと思えるのは重要な指標ではないでしょうか。楽しいと思えて、なおかつ自分だけのためじゃなく、知識や技術を後輩にも残したい、他人のためにもなるということがやりがいになります。
藤本:そうですよね。受講生の方は、いかがですか? テーマは見つけられそうですか?(笑)。
上田:30歳前後までにはテーマを作ったほうがいいと思います。私も40歳になってしまうので、何か残さないといけません。65歳が定年だとしたら、40歳過ぎが折返し地点です。あと何年働けるか、その何年間で自分のやり遂げたいことを終えられるかは意識しています。
藤本:35歳くらいまでにある程度の方向性を決めて、折り返し地点まで突っ走るということですね。
上田:折り返し地点まで来たら、一人で1冊の本をしっかりつくれるようになりたいなって思います。
藤本:折り返し地点まで何をするのですか?
上田:臨床を一生懸命やりながら、研究をしてエビデンスを作りたいです。そして最終的には臨床と研究が融合した1冊の本にまとめたいです。
藤本:すごいですね! この先もずっと、大学の教員として働かれるのですか?
上田:ずっと教員として働くか分かりませんが、今のところは恩師の福井先生もいらっしゃいますし、大学へ来てから影響を与えてくださった柿崎先生や信頼できる教員仲間と、楽しくやりたいことができているので続けたいと思っています。
藤本:では、時間が来ましたので、お開きにいたします。上田先生ありがとうございました。
上田:ありがとうございました。