頸部を専門に研究するという一つの軸-前編-
結果的に一つの軸に絞ってやり続けたことが本質の理解に繋がった
藤本:豊通オールライフの藤本と申します。今日は頭頸部・体幹に対する理学療法について研究されている文京学院大学の上田泰久先生にお越しいただきまして、講習会の内容に準じた質問と講習会に出席された受講生の方々からの質問にお答えいただきます。上田先生、5時間にわたる講習会についてお疲れさまでした。
上田:ありがとうございます。
藤本:受講生の方々にとって、とても勉強になったのではないでしょうか。上田先生に私自身がお聞きしたいことがたくさんありますので、さっそく順を追ってお伺いします。質疑応答時間に余裕がありましたら、受講生の方からの質問にもお答えいただければと思います。たとえば、「上田先生はお休みの日に何をしているんですか?」といったごくプライベートな質問でも大丈夫でしょうか。
上田:大丈夫です。
藤本:ありがとうございます。では、そのようなざっくばらんなトークを展開していきたいと思います。まず、一つ目の質問です。臨床で頸部や頭部、上肢、体幹など全身を診ていく中で、上田先生が頸部のアライメントに着目した理由を教えていただけますか?
様々な徒手療法を学ぶうち頸部に興味を持った
上田:着目した理由は、就職した病院が徒手療法を行っている病院でしたので様々な徒手療法を学ぶうち、頸部に興味を持ちました。また現在の上司にあたる福井勉先生(以下:福井先生)は私の学生時代の恩師で、バイオメカニクス的な内容を教えていただきました。このバイオメカニクスの知識を頸部の症状を有する患者さんにも応用できるのではないかと思ったことが頸部に着目した大きな理由です。
藤本:頸部を専門的、重点的に診ている先生はそう多くないのではないでしょうか。
上田:そうですね。当時も学会などに参加しても頸部の発表は少なかったことを覚えています。頸部を専門にしようと思ったのは福井先生や学生時代の影響を大きく受けています。藤本先生は、昭和大学藤が丘リハビリテーション病院の先生方をご存知でしょうか?
藤本:はい、昭和大学系列ですね。
上田:こちらの病院には肩関節・肘関節・体幹・股関節・膝関節・足関節など各部位のプロフェッショナルな先生方が大勢いらっしゃいました。学生時代の臨床実習で、この病院に配属されてオリジナルな考えを持った多くの先生方のもとで勉強させて頂けたことが「頸部を専門分野にしよう」と思った理由の一つです。また、学生時代や現在の文京学院大学へ来てからも「新しいことや誰もやっていないことをやりなさい」と福井先生によく言われていました。このメッセージを伝え続けてくださったことが、現在の専門分野を決めるにあたり大きく影響しています。
藤本:福井先生のメッセージを受けて、今の専門分野にたどり着いたということですね。
上田:はい、また臨床3年目の時に大きな交通事故に遭い、塞ぎ込んでいた時期に福井先生から「研究をやらないか」と声をかけていただきました。そのときの研究テーマがちょうど「頸椎」だったのです。これがきっかけで臨床4年目の時から研究を意識しはじめ、学会発表も行いました。色々と調べていくうちに頸部の研究が少ないことが分かり、臨床5年目くらいに専門分野を「頸部」にしよう決断し、大学院へ進学して山本澄子先生の研究室で勉強させていただきました。
藤本:そうだったのですね。山本先生の研究室ではバイオメカニクスを研究されていたのですか?
上田:はい、頸椎の運動解析をしていました。
藤本:今、頸部の研究をされている方はどのくらいいらっしゃいますか? 若手の研究者ではあまり聞かないですよね。
上田:頸部の研究をされている先生はいらっしゃいますが、少ないと思います。研究をやってみて本当に難しいなと思ったのが正直な感想です。私も三次元動作解析装置VICONや超音波方式3次元動作解析システムZebrisなどで運動解析をしてみたものの詳細な頸部の運動などをなかなか証明できず現在に至ります。
藤本:頸部は自分自身の中でも重要な関節だと思うことが多いです。私は脳卒中の研究をしているのですが、脳卒中でも腕がしっかりとリーチがとれない方ではか、体幹や首に問題がある場合方が多いです。そこで、首に関するエビデンスを探そうと思ったのですが見つからず、次に何をしていいのか迷ってしまいましたね。
上田:私もそのあたりの研究をしたいのですが、十分なエビデンスを得られていないのでみんなでエビデンスを積み重ねて共有できるといいですね。
藤本:今は文京学院大学でどのような研究をされていらっしゃいますか?
上田:今は、頸部の運動と姿勢の関係について研究しています。姿勢をある条件にすると頸部の運動パターンがどのように変化するか、しやすいという傾向を調べる研究をしています。
藤本:チップス的に、受講生の皆さんに「これは知っておいた方がいい」という分野はありますか? 今日の講演の中で、話題に上ったことや、新しい発見などを教えてほしいです。
上田:新しい発見か分かりませんが、下部体幹と上部体幹にアライメント障害があると、頭頸部のアライメントも崩れていることが多く、四肢の筋出力が低下している症例を経験します。このような症例に対して、頭頸部のアライメントを修正すると四肢の筋出力が向上することも経験しています。
藤本:それは神経の問題でしょうか? それとも、アライメント上の問題が起きるんでしょうか?
上田:簡単にいうと頸反射です。健常者でも頭頸部のアライメント不良で頸反射が促通されると、四肢への影響が出てくると思っています
藤本:今、世の中ではフレイルや四肢の筋力低下、介護予防の文脈でお話しされることが多いため、介護予防として筋力をつければいい、立ち座りをやればいい、などと単純に運動を行うことが推奨されています。しかし、筋トレやリハビリ特化型のデイサービスはジムのようにトレーニングを行うので、アライメントを考えずに運動させてしまうと、無駄な筋力がついてしまう可能性がありますね。来年以降は要支援の方に提供されないかもしれない、という問題もあります。
上田:姿勢・動作分析が得意な先生は、力を発揮しやすいアライメントを意識して臨床を展開していると思います。力を発揮できるアライメントにした上で筋力が出力できるか、そして筋力が出力できなければ「筋力低下」と評価して、筋再教育や筋力増強運動など次の対応をします。
藤本:世間では介護予防にはただ筋トレをすればいいという風潮があり、理学療法士はいらなくなるかもしれないと言われはじめている中で、理学療法士だからこそ特化して取り組める分野ですね。
上田:姿勢・動作分析を細かく評価することで細かい対応ができ、理学療法士としての強みにしていくことが理想ですね。
体系化された理学療法を何かひとつ学ぶこと
藤本:ありがとうございます。では、次の質問です。先生は臨床5年目くらいから頸部の研究を始めたとおっしゃっていましたが、頸部という分野は、○年前はまだあまり知られていないことが多かったと思います。技術や知識をつけるために、どのような勉強をされたのか教えていただきたいです。
上田:そうですね、私がおすすめしているのは、体系化された理学療法を何でもいいので一つ学ぶことです。私は一つの徒手療法を学ぶことで、その技術や知識がどのように体系化されてきたか学ぶことができました。若いうちに学んでおいて本当によかったと思っています。若いうちに一つの分野に特化して学ぶ時期があることは、後々の理学療法士としても大きな財産になると思います。
藤本:徒手療法というのは、いわゆるマニュアルセラピーのことを指すのですか?
上田:はい、そうです。海外のマニュアルセラピーも学びました。その中でも以前勤めていた職場は1つの徒手療法を専門に扱っているインストラクターの先生が多くいらっしゃいました。この職場の先生方のお陰で1つのことを体系的に学ぶことができました。
藤本:今の若い方は1つのことを体系的に学ばないのか、学べないのかはわからないのですが、つまみ食いする傾向があるなというのが私の印象です。たった1回の講習会で学んだ気になり、検証をせずにすぐに患者さんに試してしまう人が多いと感じます。中途半端にではなく、1つの分野を学んでいくことが重要だと思うのです。
上田:私は、就職した病院が一つの分野に絞っていたため、たまたま体系的に学ぶことができました。当時は、「他の分野も学んでみたいな」という気持ちもあったのですが、結果的に一つの軸に絞ってやり続けたことが本質の理解に繋がったと思っています。
藤本:やはり、臨床を出ている上で学ぶためには、様々な技術を身につけたいという気持ちはあると思います。受講生のみなさんにお伺いしたいのですが、一つの軸に絞って学ばれていますか? まずは大きくかいつまんでいこう、というスタンスでしょうか。
受講生G:はじめは大雑把にさまざまな分野をかいつまんで学んでいました。わかった気になって、実際に行動してみてもよくならないし、一日、二日学んだだけではわかりませんでした。1つの軸で学ぼう、と最近は強く思います。
藤本:なるほど。経験年数を重ねていって、結果的に体系的な学習ができていくのですね。あまり、1つのことに固執するのもよくないのですが、軸がないと自分の中でのブラッシュアップをしにくい、というのが本質なのかなと感じます。
上田:色々な先生の話を聞いて、早い段階で一つの軸を作るといいですね。一つの軸があって話を考えながら聞くといずれ自分なりの理学療法の展開ができるようになり、自分の理学療法が積み重なってくる感覚になっていきます。この感覚がつかめるようになってくると、共感することが多くなり、他の先生の話を聞くことが非常におもしろくなるはずです。
藤本:講習会に出ればそこに求めていた答えがある、というわけではなく、自分なりの答えを持った上で聴きに来ることが大事ですよね。
上田:今日の講習会で機能解剖をメインに扱ったのは、先生方に考えて「臨床応用してほしい」という気持ちを込めています。
藤本:皆さんもどんどん臨床応用しましょう。ありがとうございます。では次の質問に進みたいと思います。
スマホ首はどんな問題を起こしやすいのか
藤本:最近は、スマホなど何かに集中して同じ姿勢を続けている状態、つまりスマホを見ながら歩いているときのボディイメージの研究をされている先生がいらっしゃいます。アライメントで、『スマホ首』などと言われていますが、スマホと理学療法という観点でスマホ首はなぜ悪いのか、どんな問題を起こしやすいのか、といった点についてスマホ首のエッセンスがあれば教えていただきたいたいです。
上田:特別なエッセンスはありませんが、スマホを使用する姿勢は頭頸部を屈曲するため、頭部の重心が関節離れるため下位頚椎にいけばいくほど頭部の重心が離れてモーメントアームが大きくなり、頸部の負担が増えてしまいます。また、屈曲した姿勢になるので、顎を引いてスマホを見ることになり、結果きれいな頸椎の前弯が減少する可能性もあります。スマホを見続けることによって頸椎の前弯がなくなり、脊柱のカーブが一つ減るため軸圧に対する脊柱の抵抗力は低下します。そういった意味では頭頸部にかかる負担というのは増えるのではないかと思います。歩行時など上下の圧がかかるときは特に負担が大きくなりますね。
藤本:一般の方はスマホ首が気になるというより『スマホを一生懸命見続ける=肩こりになる』というイメージを持っている方が多いと感じます。しかし、肩こりに限らずスマホ首は全身の部位にも影響をもたらすのではないでしょうか。たとえば、スマホ首の人は猫背になりやすく、上肢の肩でいえば外旋があんまりうまくいかず、結果的に外旋で肘をはってパソコンを打つ時に尺屈したり、腱鞘炎になりやすいという点が挙げられると思います。もしくは、研究結果の1つとして出はじめていて、たとえるなら「股関節が悪い方は、実はスマホ首が原因かもしれません」といった一般の方にも伝わりやすい、痛みはありますか?
上田:スマホを使用した姿勢により頸椎のアライメントが変化して、胸椎の後弯が増減します。胸椎の後弯が増大した姿勢では、肩甲骨は外転・前傾のアライメントを取りやすく、この姿勢でデスクワークを行なうと肘を張ってパソコンを打つような姿勢になりやすいです。さらに前腕をついた姿勢では上肢帯が固定されるため、頭部を動かすと胸椎が動きにくくなり、頸部だけの運動になりやすい傾向があります。特に下位頸椎が優位な運動では、椎間孔を狭くするような運動を強いられるため上肢へ走行する末梢神経が椎間孔で絞扼される可能性があります。つまり頸椎のアライメントが悪く下位頸椎の過剰な分節運動が出現している人は、肩関節などの障害にも繋がる可能性があると考えられます。
藤本:五十肩や肩関節症肩につながる可能性があるということですね。
上田:そうですね。
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