脳卒中後の亜脱臼と肩痛について③ 〜肩の解剖学的な治験について〜
<本コラムの目標>
・肩の解剖学を理解する
・肩の解剖をイメージしながら触診等を実施する
・解剖学的知見から、脳卒中後の亜脱臼について考察できるようになる
略語
脳卒中後の肩痛:Hemiplegic Shoulder Pain(HSP)
1. 肩関節の解剖について
ヒトの肩関節は、人体における関節の中でも最も複雑な構造を持っていると言われています。ヒトの肩関節は球関節であり、多方向への稼働と、それに伴う手の到達運動を可能にしています。ただし、これだけさまざまな方向に動作ができる反面、関節の安定性は他の関節に比べ、とても低いと言われています[1]。関節が不安定になりやすい原因として、いくつかありますが、特に、さまざまな運動方向に対して、広範な関節可動域を確保するために、関節窩自体が浅く設計されており、上腕骨頭の25%程度しか、関節窩におさまっていないことが、安定性を欠く大きな原因とされています。したがって、何かしらの外力が加わったり、肩関節に関連する筋肉の弛緩等が起こった場合に簡単に脱臼してしまうという特徴があります。
肩関節が不安定なもう一つの原因としては、関節の構造が複雑かつ重力に反する動きを行う手の基盤となる部分であるにも関わらず、身体の中心部との接続面が胸鎖関節しかないという点があります。この点を起点に、静的スタビライザーと動的スタビライザー(スタビライザーとは何かを安定させるためのもの)として働くいくつかの靱帯や筋肉によって、肩関節の安定性は保たれています(図1)。
図1. 肩関節周辺の靱帯
肩甲上腕靱帯は主要な静的スタビライザーとしての役割があり、これらの中には上・中・下肩甲上腕靱帯が含まれています。そして、手の動作に非常に大きな影響を与える動的スタビライザーとしては、腱板に含まれる筋肉が役割を担います。
肩甲上腕関節は、軟骨臼蓋、肩甲上腕靱帯、関節包といった静的スタビライザーによって、安静時の固定がされています。運動を実施する際には、動的安定を生み出す筋肉である三角筋と肩関節の腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)は上腕の動きに必要な固定力を作り出し、肩甲骨自体の固定性を僧帽筋、前鋸筋、広背筋によって作り出すと言われています(図2)。
図2. 肩関節周囲の腱板に含まれる筋肉
特に肩関節の腱板に関わる筋肉は肩の運動を実施する際に非常に重要と考えられています。肩甲下筋は肩関節の内旋を生み出し、棘下筋と小円筋は肩関節を外旋させます。肩関節の外転は三角筋が主に行い、棘上筋がその補助にまわっています。これら腱板は、上腕骨頭を関節窩に押し付けるように働くため、これらの筋肉の働きにより、運動時の肩関節の安定性が保たれています。
さらに、頭の上に腕を持ち上げる動作では、三角筋による外転と棘下筋・小円筋による外旋を同時に行う必要性があります。また、腱板の動きが何らかの原因によって障害されると、上腕骨頭の上方に亜脱臼が生じ、上腕骨大結節・小結節と肩峰の間で棘上筋が挟み込まれてしまうインピンジメントを起こしやすくなります。従って、脳卒中後の手の運動障害に対する練習においても、表層の三角筋に対する反復運動だけでなく、腱板および肩甲骨固定筋群に対するアプローチも十二分に考慮することが必要になります。
参照文献
1. Kalichman L, Ratmansky M. Underlying pathology and associated factors of hemiplegic shoulder pain. Not Found In Database 2011;90(9):768–80.