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WMFTの臨床利用上の利点と注意点
WMFTは理学療法士や作業療法士が中枢神経疾患患者の上肢機能を評価する際に、有用なツールとなり得ます。その利点としてまず挙げられるのは、評価内容が具体的な機能的課題で構成されているため臨床的な意味が分かりやすいことです。例えば「缶を持ち上げ口元まで運ぶ」「鍵を鍵穴で回す」「タオルを折りたたむ」等、日常生活に関連した動作が評価課題となっており、患者がどの程度それらを遂行できるかを直接観察できます。
評価結果は動作時間や6点評定の数値で示されるため、経時的な変化を客観的に把握しやすく、リハビリテーションの効果判定や目標設定にも役立ちます。実際、WMFTは上肢機能回復を目的としたリハビリ介入前後の変化を測定するアウトカム指標として、臨床研究のみならず日常臨床でも広く利用されています。
またWMFTは評価キット(テーブル、箱、缶、小物類など)さえ用意すれば無料で実施可能であり、特別な測定機器や認定資格を必要としない点も、臨床現場で取り入れやすい点と言えます。ただし、逆に言い換えれば、専用のキットなどはなく、環境設定により、点数が影響を受ける可能性があるとも言えます。
加えて、WMFTは同じ動作課題を患側・健側の両方で実施するため、左右差を見ることで麻痺の程度を直感的に把握できるという利点もあります。6点評定では「5=健側と同等」であることを基準に評価するため、治療者・患者ともに健側との比較で麻痺側能力の位置づけを認識しやすく、リハ目標の共有にもつながります(多くの場合、健側の実施を省略し、使用していることが臨床では多い印象です)。
一方、WMFTを臨床で利用する際にはいくつか注意すべき点もあります。第一に、対象患者の重症度によっては評価が適切に機能しない可能性があることです。オリジナル版WMFTは軽度から中等度の片麻痺患者を想定して作られており、重度麻痺の患者では課題の半数以上が全く遂行できず0点連発や最大時間超過となってしまうケースがあります(床効果が顕著な印象があります)。
したがって、重度麻痺患者には前述したGraded WMFTなど簡易化・段階付けした代替版の利用を検討するか、あるいは上肢機能全般の評価にはFMAや簡便なADL評価を併用するなどの配慮が必要です。脳卒中後の上肢機能評価で万能なものは今のところ見当たらないので、各評価の限界を理解し、それらを補い合うような取り組みが必要です。
逆に軽度麻痺の患者では多くの課題で健常レベルに近い遂行が可能なため天井効果が懸念されます。実際、慢性期の軽症者ではWMFT時間が健常同等でこれ以上短縮しようがないケースもあり、変化が評点にしか現れない場合があります。そのため軽度者の経過評価では、より難易度の高い課題を加えた修正WMFTや、感度の高い上肢巧緻性テスト(例えば握力や指タッピング速度など)の補完的な実施が考慮されます。
第二に、上記にも触れましたが、標準のキットがないため、実施環境が統一されていないと結果の解釈が難しくなります。評価者はマニュアルに従い、テーブルや椅子の高さ・課題物の配置を規定通りにセッティングしなければなりません。評価者間信頼性を確保するためには、評価者同士で事前に練習を行い評点基準の擦り合わせをしておくことも推奨されます。幸いWMFTは国際的にも使用歴が長く標準手順が確立しており、日本語を含めたマニュアルやトレーニング資料も入手可能です[1]。評価者はそうしたリソースを活用し、手順の統一と採点の客観性を確保する必要があります。
第三に、患者の体調や認知面への配慮も欠かせません。WMFTは全17課題をこなすのに約30~35分要するとされ、特に麻痺が重い患者では最大2分間の試行が繰り返されるため疲労を招きやすいです。評価中に疲れて動作能力が低下すると正しい評価ができませんので、適宜休憩を挟んだり日を分けて実施することも検討します。また課題の指示や意図を理解できる認知能力が必要である点も留意してください。軽度の高次脳機能障害であれば模倣や実演でカバーできますが、重度の失語や注意障害がある場合は適切な評価が難しくなります。その際は評価自体の実施を見直すか、必要に応じて家族や他職種と連携し評価状況を補足するなどの対応が望まれます。
以上の点を踏まえれば、WMFTは定量的かつ臨床関連性の高い上肢機能評価として、理学療法・作業療法の現場で有用なツールとなります。実際、米国理学療法学会(APTA)系の推奨ではWMFTは脳卒中患者に対し急性期・回復期・慢性期を通じて使用が推奨されており、実務において有用性が認められています。一方、外傷性脳損傷(TBI)に関してはエビデンスが限られるため、急性期での使用は推奨されず回復期以降もエッジタスクフォースでは「研究はあるが推奨度は限定的」と判断されています。
外傷性脳損傷では、脳卒中と麻痺症状が類似するケースに限って有用と考えられるため、症例に応じた選択が必要でしょう。しかし総じて、WMFTは脳卒中片麻痺の評価に関して臨床的妥当性と実用性の高い評価法であり、その標準化された手順に従って適切に運用することで、上肢機能の的確な把握とリハ介入効果の評価に大いに貢献できると考えています。
参照文献
1. UAB CI therapy research group. Wolf Motor Function Test (WMFT) Manual. https://www.dpo.uab.edu/citherapy/images/pdf_files/CIT_Training_WMFT_Manual.pdf#:~:text=1,132 (2025年6月10日現在)
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