WMFT_5

竹林崇先生のコラム
神経系疾患
リハデミー編集部
2025.12.29
リハデミー編集部
2025.12.29

Wolf Motor Function Testの研究使用上の利点と注意点

 研究の場面においても、Wolf Motor Function Test(WMFT)は上肢リハビリテーションのアウトカム評価として頻用されています。その利点の一つは、先行研究との比較検討が容易な標準アウトカム指標であることです。WMFTは1990年代以降、多くの介入研究で主要評価項目に採用されてきました。特にCI療法(強制使用療法)の効果検証研究では主要アウトカムとしてWMFTが一貫して用いられ、Wolfらによる最初の小規模研究から、多施設大規模RCTであるEXCITE試験(全米NIH主導)に至るまで、CI療法研究のデファクトスタンダードとなっています。

 このため、ある研究においてWMFTスコアの改善が示された場合、それが既存文献に照らしてどの程度の臨床的意義を持つか(例えば「他の研究と比べて大きな改善かどうか」「最小有効変化量を上回っているか」等)を議論しやすいメリットがあります。実際、Fritzら(2009)によるMDCの報告など[2]、WMFTに関する基礎データが豊富に蓄積されていることは、研究結果の解釈にとって大きな助けとなります。

 第二の利点は、WMFTが客観性と再現性の高い測定データを提供することです。定量的なタイムスコアと評価者による評点という二種類のデータを得られるため、研究目的に応じて多角的な解析が可能です。例えば、介入効果の主要アウトカムを「動作時間短縮」と設定するか「動作の質向上」と設定するかによって統計解析の方針は異なりますが、WMFTであれば両面からデータを収集できるため分析計画に柔軟性が生まれます。さらにWMFTの評点は本来、順序尺度ですが、Likert方式であり介入前後差をとれば準間隔尺度的に扱えるとの見解もあり、実際多くの研究でパラメトリックな手法を用いた分析に供されています[3]。

 一方、WMFTのタイムスコアは非正規分布(裾の長い右偏分布)を取る傾向が強いため、統計解析では対数変換やノンパラメトリック解析の適用が推奨されます。この点も既存のCI療法研究などでノウハウが共有されており、例えばEXCITE試験ではベースラインのWMFT時間を対数変換して等分散性を確保した上で群間比較を行っています。

 加えて、WMFTはブラインド評価に適している点も研究上の利点です。評価場面をビデオ録画し、後で治療介入内容を知らない第三者評価者が評点をつけるという手順が確立されており、その方法によって評価バイアスを最小限に抑えた研究デザインが可能となります。実際、Morrisら(2001)の信頼性研究やEXCITE試験では、全ての評価をビデオ収録して複数の評価者が後日スコアリングするという厳密な方法が取られています[4]。

 もっとも、研究でWMFTを用いる際には留意点もいくつか存在します。まず、前述のようにWMFTは評価時間が長めで受検者の負担が大きいため、評価項目の取捨選択や簡略化が検討される場合があります。複数の評価指標を同時に実施する臨床試験では、被験者への負荷軽減と試験効率化の観点から主要アウトカムのみを短縮版で実施する戦略も有効です。Wuら(2011)が提案した6項目版WMFT(Streamlined WMFT)はその一例で、EXCITE試験データの二次解析では6項目版の総所要時間と17項目版の総所要時間が高い相関を示すこと、および両者の介入効果検出力(SRM値)が同等であることが示されています[5]。

 次に、解析計画に応じたスコアの扱いにも注意が必要です。WMFTのタイムスコアは上述のように感度がやや低い一方で定量データとしての魅力があります。一方、評点スコアは変化を捉えやすい反面、評価者の主観や床・天井効果の影響を受けやすい側面があります。

 そこで研究デザイン上は、主要評価項目としてどちらを採用するか、あるいは両者を統合した指標(例えばタイムスコアをログ変換して一定基準以上の動作のみ評点を加味するなど)を用いるかといった検討が重要です。Hsiehら(2009)の研究では、WMFT Functional Ability Scale(FAS)は介入効果検出に有用でしたが、ADL自立度(FIM)との相関はタイムスコアより低いことが示されています[3]。


 このことから、例えば「日常生活動作の改善」をアウトカムとする介入研究ではWMFTにおけるタイムスコアを主要評価とし、「運動機能そのものの改善」をアウトカムとする研究ではFASを主要評価に据えるなど、研究の目的に応じて適切な指標選択をすることが求められます。幸いWMFTはタイムと評点の両データが必ず取得できるため、解析段階でサブ解析として両者の傾向を見ることも容易です。その意味で、WMFTは研究結果の多面的解釈に資するデータを提供する柔軟性の高い評価法と言えます。

 最後に、WMFTを研究で使用する際の留意点として、対象疾患や時期による制限も認識しておく必要があります。WMFTは脳卒中片麻痺では広範囲の適用実績がありますが、脊髄損傷やその他の中枢疾患ではエビデンスが限られています。従って、それらの領域でWMFTを用いる場合には、妥当性の検討を含めたパイロット研究的な位置づけになる可能性があります。また、急性期直後のように自然回復が大きく影響する時期では、WMFTの結果変化が介入効果と自発回復とを区別できない恐れもあります。


 この場合は対照群の設定やベースラインの複数回測定などデザイン上の工夫が必要でしょう。総じて、WMFTは適切なデザインと解析のもとで用いれば、リハビリテーション介入の効果を的確に捉えられる統計学的特性を備えた評価法です。その豊富な信頼性・妥当性に関するエビデンスに支えられ、今後も中枢神経疾患の上肢リハビリテーション研究において重要な役割を果たすことが期待されます。

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