脊髄疾患におけるADLに関する予後予測(1)

竹林崇先生のコラム
神経系疾患, 運動器疾患
リハデミー編集部
2022.08.08
リハデミー編集部
2022.08.08

<抄録>

 脊髄,脊椎疾患は,大脳皮質から四肢に向かう神経束である脊髄周辺に生じる病変のことを指す.症状としては,四肢の痺れや痛み,麻痺や歩行障害等が代表的である.脊髄・脊椎疾患には,多様な疾患が含まれているが,本項においては,リハビリテーション の場で特に対応することが多い,脊髄損傷,頸椎症,頸椎後縦靭帯骨化症(ossification of posterior longitudinal ligament: OPLL),脊柱管狭窄症におけるADLの予後に影響を与える因子について,解説を行う.

1.脊髄損傷について

1)脊髄損傷特有のADLを測定する評価について

 脊髄損傷においては多疾患に一般的に使用される包括的なADL評価であるBarthel IndexやFunctional independence measure(FIM)が使用されることが多い.しかしながら,その障害特性から,脊髄損傷患者をはじめとした脊髄・脊椎疾患患者特有の機能障害とADLを評価するために,1997年にイスラエルのCatzら1)が, 脊髄障害自立度評価法(Spinal Cord Independence measure:SCIM)を開発している.SCIMは,セルフケア,移動(屋内とトイレ),移動(屋内と屋外)に加えて,特に高位脊髄損傷者に生じる障害である呼吸や,脊椎・脊髄疾患患者に多く見られる排尿・排便管理といった項目が設けられている.日本語版における信頼性や妥当性に関する検討2)もある代表的な評価である.

2)ADLの予後に影響を与える因子について

 Abdul-Sattarら3)は,脊髄損傷患者90名を対象に,退院時のFIMで測定されたADLに与える影響について調査を行っている.この研究の結果は,単変量解析では,年齢(50歳以上,未満),家族の介護の有無,脊髄損傷受傷からの日数(40日未満,以上),入院期間(123日未満,以上),脊髄損傷のレベル(四肢麻痺,対麻痺),重症度(ASIA A/B, C/D),入院時FIM運動スコア(35.3未満,以上),鬱の有無,不安の有無,転機先(自宅,その他),が退院時FIMに影響を与える因子として示された.また,多変量解析(単変量解析と同じ割り付け基準)では,入院時のFIM運動スコア,不安と鬱,完全損傷,脊髄損傷のレベル,脊髄損傷受傷からの日数,入院期間が退院時FIM運動スコアに影響を与える因子として示された.

 さらに,Wirzら4)は,若年成人(20〜39歳)と高齢成人(60〜79歳)の脊髄損傷患者の受傷から5ヶ月間,または5ヶ月以降のSCIMで測定した日常生活活動における自立度の差について検討を行っている.この研究の結果としては,受傷から5ヶ月の間は若年成人と高齢成人の間において,SCIMの変化量に差は認めなかったとしている.しかしながら,5ヶ月以降のSCIMの変化量については,若年成人の方が高齢成人に比べ,有意な改善を示したと報告している.加えて,この研究においても,年齢にかかわらず,完全損傷群は不完全損傷群に比べ,有意にADLの自立度の改善は少なかったと報告している.ただし,複数の研究者5)-7)は,年齢が若いことが日常生活の自立度の改善に,受傷から早期および長期といった全ての時期において影響を与えると述べているため,重要な予測因子であると思われた.

AlHuthaifiら8)は,脊髄損傷患者が社会復帰する際の日常生活活動における転機に関連する因子について,検討を行っている。結果,7件の研究において,社会復帰の可否を予測する一貫した因子として,退院時の国際生活分類における身体構造・機能のドメインの変数,および退院から1年後の国際生活分類における活動・参加のドメインの変数を挙げている.また,本邦においては,土岐ら9)は,頸髄損傷者の退院後自宅生活を送るための要因について調査をしている.その結果,介護のしやすい住環境の整備や安定した介護力(マンパワー)の確保が重要になると述べている.特に,頸髄損傷の場合,住環境をはじめとした周辺環境のわずかな違いが,脊髄損傷患者の生活における自立度に影響を与えると考えられている.田中ら10)は,慢性期の脊髄損傷患者の①ADLの特性,②機能障害や能力障害とQOLの関連性,③排泄動作に関する障害とQOLの関連性,④障害因子と復職を中心とした社会参加の関係について検討している.その結果,①BIで評価したADLは,不全対麻痺,完全対麻痺,不全四肢麻痺,完全四肢麻痺の順に能力障害を示す得点が低下することを示した(図4-1).次に,②屋内家事,屋外家事,趣味,仕事に関しては,対麻痺を有している患者の方が,四肢麻痺を有する患者に比べて有意に応用的ADLの自立度が高かったと報告している.さらに,③排泄の自立度は,ADLや応用的ADLと関連を示したが,日常生活における満足度や生活関連QOLとの明確な関連性は認めなかった.最後に,④障害因子と社会参加の関係について,脊髄損傷患者における就業の有無を目的変数とした多変量解析では,年齢(オッズ比で0.93),BI合計点(オッズ比で1.02),Frenchay activities indexで示される応用ADLの自立度(オッズ比で1.17),Satisfaction in daily lifeで示される日常生活に対する満足度(オッズ比で1.07)であったと報告している.

MEMO その他の脊椎・脊髄疾患の予後に影響を与える因子について

 頚椎症性脊髄症について,該当疾患に対する外科術後の職業復帰の実態を調査した研究11)では、職業復帰率は54%程度にとどまり,頸髄症に特化した下肢機能を示すmodified JOAスコアと有意に関連していたと報告している.また,樋口ら12)の研究においても,頚椎症性脊髄症においても,3人に1人は就労あるいは家事が困難となり,頚椎症性脊髄症の包括的な重症度とも有意な関連性を示したと報告している.

 脊柱管狭窄症について,理学療法による介入が,1年後の手術適応となる確率を減少させたといった報告や,外科術を実施する前の理学療法が外科術後の日常生活活動の改善に有意な影響を示なかったといった研究がある.この結果から,理学療法介入が予後に与える影響は未だ不明確な点が多い.

 一旦退院した脊髄損傷患者の再入院に関する要因を調査した研究として,Dejongらの13)前向き研究がある.この研究では,951名の脊髄損傷患者を対象に,脊髄損傷受傷後12ヶ月の再入院率と,再入院に影響を及ぼした因子について調査を行っている.その結果,全対象者の36.2%はフォローアップ期間中に少なくとも1回再入院し,12.5%の対象者は少なくとも2回再入院をしていた.さらに,再入院に関連する要因としては,女性であること(オッズ比で1.535),低所得者向けの保険制度を利用していたこと(オッズ比で1.956),重症例(オッズ比で1.012),入院時の肥満度が高いこと(オッズ比で1.030),体重(オッズ比で1.290)については,再入院の確率が高かった可能性を示している.一方,リハビリテーション を受けた期間(オッズ比で0.993),1日のリハビリテーションの時間(オッズ比で0.963), 入院時の認知機能が高いこと(オッズ比で0.988)が再入院のリスクを下げる可能性があることを示した.また,疾患的要因としては,泌尿器疾患(例:尿路感染),呼吸器疾患(例:肺炎),皮膚および皮下組織の疾患(例:褥瘡)の3つが上位であったとも報告している.

MEMO その他の整形外科疾患の予後に影響を与える因子について

 人工股関節置換術後のADLに影響を与える因子として,Body Mass Index(BMI),年齢,並存疾患の有無,術前の身体機能および精神健康14),運動機会への参加15)との強い相関が報告されている.また,BMIが高値の患者は,低値の患者よりも術後の痛みや並存疾患に関して,悪化する確率が多かったと報告されている16)

同様に,人工膝関節弛緩術後のADLに影響を与える因子として,術前からの痛みや不安等の心理的要因,術前の低いOxford Knee Score17),BMIが高値,高齢者やリスクのある合併症の有無18),等が報告されている.また,子の中でもBMIが高値である場合は,FIM運動項目のトイレ移乗,歩行,FIM認知項目の改善の回復遅延の要因とも言われている19).


参照文献

1. Catz A, Itzkovich M, Agranov E, et al:SCIM―spinal cord independence measure:a new disability scale for patients with spinal cord lesions. Spinal Cord 35:850—856, 1997

2. 黒川真紀子,他:脊髄障害自立度評価法(SCIM)の信頼性と妥当性に関する検討.Jpn J Rehabil Med 44: 230-236, 2007

3. Abdul—Sattar AB:Predictors of functional outcome in patients with traumatic spinal cord injury after inpatient rehabilitation:in Saudi Arabia. NeuroRehabilitation 35:341—347, 2014

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