痙縮について⑤ −脳卒中後に生じる痙縮の臨床症状について−
<本コラムの目標>
・異常な姿勢パターンと痙縮の関係を理解しよう
・痙縮によって引き起こされる痛みについて理解しよう
1)異常な姿勢パターンと痙縮の関係性
脳卒中後に生じる後遺症として、最も有名なものが運動麻痺だと言われてます。運動麻痺は、多くの脳卒中患者に認められ、痙縮、弛緩(脱力)、協調性・巧緻性の低下、持続的な筋肉の同時収縮等といった上位運動ニューロン症候群の一つとして、示されることが多いです。
痙縮のある患者は、上下肢の運動機能をはじめとした、機能全般の低下を認め、それが原因で、日常生活活動の低下等を示すことが多いです。また、ウェルニッケマン肢位と呼ばれる異常姿勢パターン(表1. 2)が観察されることが多いですが、これらは、運動麻痺による痙縮が強く発生している筋とその対角にある拮抗筋の筋力や緊張の不均衡が影響していると考えられている。
脳卒中患者では、初期に随意運動が回復してくると、上下肢における運動麻痺は弛緩性の麻痺から一つの運動に伴い、それらに関連が深い筋肉が共同して動く異常姿勢パターンが認められます。運動麻痺の治療においては、異常姿勢パターンに含まれる筋肉の拮抗筋に対して刺激を入れる、それらの筋肉を使って随意的な繰り返し運動を実施することで、運動麻痺が改善するとも報告されているので、これらの異常姿勢パターンの評価は、療法士には必須のスキルであると言えます。
*ワンポイント 拮抗筋とは?
人間が関節を屈伸する際には、複数の筋肉が関与しています。ある関節運動を行う際に、その動きに主に関わる筋肉を主動筋と呼び、その反対の関節運動に関与する筋肉を拮抗筋と呼びます。例えば、肘の屈曲という関節運動に対して、主動筋肉は上腕二頭筋になりますし、拮抗筋は上腕三頭筋になります。これらの筋肉は、脊髄の抑制機構を使って、屈伸に合わせ、収縮と弛緩をなめらかに繰り返すことができるようにできています。痙縮に対するリハビリテーションプログラムを考案する際には、これらの筋肉の関係性が非常に重要になりますので、覚えておくと良いでしょう。
2)痛みと痙縮の関係性
上記に示したように、痙縮は運動麻痺や異常姿勢パターンに深く関わると言われています。それに加えて、臨床においては、痛みの原因となることも多いです。Wisselらは、9名による前向きのケースシリーズ研究にて、痙縮が脳卒中患者の疼痛と関係していたと報告しています。また、痙縮のある対象者の72%が疼痛を経験したことがあることに対し、痙縮が認められない対象者は1.5%に止まっていたことを報告しています。また、痙縮による痛みは、脳卒中患者が有する肩の痛みの60%、手首の痛みの33%と関連しているとも報告されています。ただし、これらは上肢に限られた現象であり、痙縮と下肢の痛みの間には明らかな関係性は認めなかったと言われています(引用文献1)。
最後に、痙縮筋を無理にストレッチすると、筋線維が破壊され、筋侵害受容器を興奮される物質が放出され、侵害受容性疼痛につながる可能性も示唆されています(引用文献2)。ストレッチは筋肉内のサルコメア数を増加させ、軟部繊維の柔軟性を確保する役割があると言われており、痙縮の増悪因子に対する戦略の一つだと言われています。ただし、強い痙縮に対して、ストレッチのみで対応した場合、末梢の筋肉を痛めてしまう可能性もあるため、リハビリテーションプログラムを構築する際には、注意が必要となります。
参照文献
1. J. Wissel, L.D. Schelosky, J. Scott, et al. Early development of spasticity following stroke: a prospective, observational trial. J Neurol, 257 (2010), pp. 1067-1072
2. L.R. Sheffler, J. Chae. Hemiparetic gait. Phys Med Rehabil Clin N Am, 26 (2015), pp. 611-623