痙縮について⑧ −脳卒中発症後に発症する痙縮に対するボツリヌス毒素施注について(上肢を中心に)−
<本コラムの目的>
・痙縮に関するボツリヌス毒素のエビデンスを知る
・リハビリテーションにおいてボツリヌス毒素施注を実施する意味を知る
・どういった上肢の筋肉にボツリヌス毒素を施注するのかを知る
*ワンポイント ボツリヌス毒素A型製剤とは?
ボツリヌス毒素は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)によって産生される神経毒素です。特に、痙縮治療で用いられるA型はもっとも毒性が強いとされています(引用文献1)。神経毒素を治療に使うの?と驚きますよね。でも、その使用の歴史は意外に古く、1977年に米国でScottら(引用文献2)が斜視の症例に対し、臨床応用したことが最初だと言われています。そこから、眼瞼痙攣、片側顔面痙攣、痙性斜頸等にも治療の範囲が広がることとなりました。痙縮に対して、使用が認可されたのは、1995年ごろ、小児脳性麻痺患者における下肢痙縮に伴う尖足に対して、使用が開始され、痙縮治療の一選択肢として使用されるようになりました。脳卒中後の痙縮に対しては、日本においては2010年から使用が承認され、使用されるようになりました。
1)ボツリヌス毒素A型施注のエビデンス
ボツリヌス毒素A型は痙縮予防において、標準的な治療の一つと言われています。この治療を実施することで、脳卒中後の対象者の固く握り込んでしまった手を他動的に開けることができたり、日常生活活動を実施しやすくするなどの効能があると言われています。過去の研究では、ボツリヌス毒素A型を筋肉に注射することで、上肢における麻痺や運動機能の改善を示す研究は見当たらないが(引用文献3)、痙縮の長期的な改善が期待できると言われています。また、他動的に実施したROMの範囲は早期に改善し、長期的な変化はあまり観察されないことに対し、自動的なROMの範囲は時間をかけて徐々に改善し、それに伴う活動の範囲も増えると言われています(引用文献4)。
2)脳卒中後の上肢の痙縮に対するに一般的な施注部位
さて、ボツリヌス毒素A型は上下肢に対して実施されるものですが、本コラムでは上肢に特化して解説を行います。上肢においては、屈筋に痙縮が生じ、それが原因で手が開けない、肘が伸ばせないといった症状が出ることが多々あります。この症状により、日常生活活動やリハビリテーションプログラムがうまく実施できないことがあります。これに対して、ボツリヌス毒素A型を用いた治療は以下表の筋肉によく使用されます。
過去の研究においては、大胸筋のように比較的大きく、痙縮の影響が大きい筋肉に対するアプローチによって、上肢機能の改善の可能性が報告されている(文献5)。また、近年では、上肢単独に対して400単位、上肢と下肢への同時施注については600単位まで、その範囲が拡大されています。海外でも、施注の際には大容量の薬剤を使っている研究が多いため、これらの拡大は痙縮治療をより円滑に進めるものと考えられています。ただし、対象者の中には、大胸筋等の筋で上肢の運動の鍵となる肩甲帯周辺の固定力を代償している場合があります。この場合、大胸筋等の痙縮を減退させるとできていた上肢の運動が全くできなくなることもあります。ですから、対象者がどのような運動パターンで動作を行っているか事前に評価を行い、施注部位や薬剤の量を医師と療法士の間でよく相談の上、実施することが求められます。
参照文献
1. Sakaguchi G, et al. Structure and function of botulinum toxins. In:Bacterial protein toxins(Alouf JE, et al, eds), Academic Press, London, 1984:435-443
2. Scott AB. Trans Am Ophthalmol Soc. 1981;79:734-770
3. Rosales RL, Efendy F, Teleg ES, Delos Santos MM, Rosales MC, Ostrea M, Tanglao MJ, Ng AR: Botulinum toxin as early intervention for spasticity after stroke or non-progressive brain lesion:A meta-analysis. J Neurol Sci 2016; 371: 6-14
4. Gracies JM, O’Dell M, Vecchio M, Hedera P, Kocer S, Rudzinska-Bar M, Rubin B, Timerbaeva SL, Lusa- kowska A, Boyer FC, Grandoulier AS, Vilain C, Picaut P;International AbobotulinumtoxinA Adult Upper Limb Spasticity Study Group:Effects of repeated abobotulinumtoxinA injections in upper limb spasticity. Muscle Nerve 2018; 57: 245-254
5. Takekawa T, Kakuda W, Taguchi K, Ishikawa A, Sase Y, Abo M:Botulinum toxin type A injection, followed by home-based functional training for upper limb hemiparesis after stroke. Int J Rehabil Res 2012; 35: 146-152