脳血管障害後に生じる高次脳機能障害に対してどのように関わるべきなのか?〜療法士3年目までに知っておきたい関わり方〜(1)
<抄録>
脳血管障害後に生じる高次脳機能障害は,脳の損傷部位により,多岐に渡る症状が引き起こされる症候を指す.また,この症候は,対象者とその周辺にいる関係者のQuality of life(QOL)に大きな影響を与える.さらに,臨床の中でも,作業療法士が関わる上で深い悩みを持つ領域でもある.これらの症候を見る際,あまりにも種別が多く,しかも同じ症候であっても人の生育歴や周辺環境によって,見え方はいく通りにもなることもあり,病態を正確に解釈し,臨床に活かすことは非常に困難を伴う.本コラムにおいては,高次脳機能障害に対する基礎的な考え方,接し方について,簡単に解説を行う.第一回は,高次脳機能の定義やそれらに対する心構えについて解説する.
1.脳血管障害を有する患者における高次脳機能障害とは
脳血管障害は多岐に渡る症候をもたらす.この中で,脳(中枢神経系)の損傷によって引き起こされる症状の中で,特に「低次の感覚・運動機能の損傷に起因しない知覚・認知・社会機能などに関する障害」について,高次脳機能障害と定義されている。これは非常に大事な定義である.例えば,新人療法士に多い誤判別として,感覚障害や失調症,または高次脳機能障害の中でも比較的低次である注意障害,記憶障害,保続等に由来する運動障害を「これは失行である」とより高次な症候で判断してしまうことなどがあげられる.こういった誤判別は臨床の中で日常茶飯事的に発生している.したがって,高次脳機能障害において特殊な症候を疑う際には,必ず低次の症状がないか,あっても軽微であることを精査し,示すことが必要である.その上で,それらより低次な症候等をどう組み合わせても説明できない知覚・認知・社会機能などが認められた場合に,それらを高次脳機能障害と断定することができる.
麻痺等をはじめとした四肢や顔面の運動障害は目に見え,非常にわかりやすい症状であるが,高次脳機能障害は必ずしも目に見える形で症状が現れない.また,脳の損傷領域が広くなればなるほど,多くの症候が複雑に混ざり合い,入り組み現象となるため,特定の高次脳機能障害で説明すること自体が難しい.さらに,発症した病初期には対象者自身もその症状に気づいていないことがある(そもそも,ご自身で自分の状況や症候をモニタリングできないといった高次脳機能障害も存在する).また,一見すると高次脳機能障害の症状が顕在化しているように見えるものの,対象者に近しい家族等に聞き取りをした際に,脳血管障害発症前からそういった行動や所作が認められることもある.だからこそ、まずは対象者本人やその家族から,育った環境や学習歴,さらには生活における細かな背景まで対象者のひととなりについて,しっかりと聴取することで高次脳機能障害であるのか,はたまた対象者のキャラクターであるのかをしっかりと見極める必要がある.
高次脳機能障害には,大きな種類として,情動障害,注意障害,記憶障害,失行,失認,失語,遂行機能障害といった症状があげられる.
情動障害:うつ状態や躁状態,無感情,情動不安定,情動失禁等,脳血管障害に情動に障害を有する状況を指す
注意障害:注意力が全般的に低下する症候をさし,注意の持続・維持・分配等が不十分になる状況を指す
記憶障害:短期記憶,長期記憶,記憶の種類としては,陳述記憶,非陳述記憶といった様々な記憶に障害を有する状況を指す.
失行:運動や行為の実行に関して,支持された実行内容は理解できるものの,いざ動作・行為を実行しようとした場合に困難を生じる症候である.観念失行,観念運動失行,四節運動失行等がある.
失認:感覚障害がないにもかかわらず,人物や物体,顔等の表象の認知ができない状況を指す.ある感覚に特異的に生じることが多く,複数の感覚を利用した際に,認知が可能なケースもある.
失語:会話や文字でものごとを表現したり,理解する能力が部分的または完全に喪失される.種別も様々であり,表出や理解が特異的に障害を受ける失語も存在する
遂行機能障害:ものごとを順序立てて考えることが難しくなり,生活や仕事の中で,計画的な行動が取れなくなる症候.
ただし,これらの症候は,作業療法室等の特異的な場面では認められても,普段の生活の中では全く問題にならないケースも中には存在する.療法士が過度に問題視することで,信頼関係を失ったり,対象者のストレスとなることもある.したがって,対象者の生活における困難度をしっかり捉え,アプローチすることが重要である.
まとめ
本コラムでは高次脳機能障害の基礎的な部分について触れた.次回は高次脳機能障害に関するエビデンスについて,触れていこうと思う.