作業療法士のキャリア選択における難しさについて
1.働き方のバリエーションが増えている
最近,若手療法士から『キャリア』という言葉をよく聞く.今後,自分は作業療法士として,どういった道を進むべきなのか,その言葉を聞くたびにセットのようにして相談されることが多い.
自身は今年度末で20年を経験した作業療法士であるが,私が新人で大学病院に入職した頃には,作業療法士のキャリアのバリエーションなどほとんどなかった.養成校から排出された学生のほとんどが医療機関に就職し,訪問事業等地域に活躍の場を求める新人はほぼ皆無だったように記憶している.
20年前といえば,養成校も少なく,需要と供給で言えば,圧倒的な需要過多な時代であり,著しい売り手市場であった.その点においては,地方によっては医療機関の求人がほとんど確認できない現代とはずいぶん様相が違うものである.
さて,当時,新人として働くべきフィールドのバリエーションも少なければ,結果的にその後に歩むキャリアと呼ばれるものもバリエーションは少なかった.当時のキャリアの王道といえば,療法士としてリハビリテーションにおける治療技術を磨き,民間団体が発行している特定の治療技術の認定資格を取るなど,研鑽の方法も「身に技術をつける」と類のものであった.そこでは,他人の持たない治療技術に価値を見出し,厳しい研鑽と有力者に対する出世術により,それらを手にした者が多くの聴衆に向かって技術講習会や講演会を許された.さらに,そういった価値を有した方々が,就労の場を一般的な臨床から大学や専門学校などの教育機関に移し,多くの療法士からの名声を欲しいままにしていた.しかしながら,養成校の爆発的増加,医療現場におけるリハビリテーションにおける治療技術に関する効果のエビデンスの台頭,働く場所のバリエーションの拡大によって,その一見シンプルなキャリアの考え方を大きく変えなければならないことになった.
さて,現在のキャリアのバリエーションを見渡すと,20年前の当時と一遍している.前述だが,一部の地方では医療機関で働く療法士は飽和し,新人の療法士も地域における訪問事業,デイケア,デイサービス,老人保健施設,特別養護老人ホームなど,地域において高齢者の方々を支える仕事に従事している.さらに,近年では発達,療育,学校といった小児リハビリテーション領域における作業療法にも焦点が当たりつつあり,放課後デイなど,公的な資金を財源とするサービスも著しく拡充している.さらに,財源を公的資金に依存する事業だけでなく,近年ではto Cサービスにおける自費リハビリテーションや,to Bサービスである産業作業療法等も登場しており,今後働き方のバリエーションは拡大の一途を辿ることが予測できる.また,これらの事業を運営する上で,作業療法士が起業しているケースももはや珍しくなく,作業療法士が作業療法士を地域で雇用する時代が訪れている.
2.作業療法士のキャリア選択における難しさ
過去のキャリアにおいては,考え方がシンプルであった.自分が医療機関で携わっている領域における治療技術に関して他人より長けることでその道は開けることが明確に示されていたのかもしれない.しかしながら,近年では,そのバリエーションは広がり,時代の流れの中で,消費者からのニーズを読み取り,業界の中における分野の栄枯盛衰を肌で感じ,未来を予測しながら,需要のある分野において数少ない供給手になれるよう自分が研鑽する対象を絞り込まなければならない.非常にタフな選択を迫られる行為であると言える.
キャリアを考える上で大切なこととして一般的に言われることの一つに「目標を設定すること,言語化すること」といったことがよく言われている.しかしながら,やりたいことを探そうとして,やりたいことが見つかる場合の方が少ない.筆者も,日常の中で取り組んでいたことの中に偶発的に興味があることが見つかったり,与えられた仕事の中にそういったものが潜んでいたことが多い.また,働きたい分野ややりたい事といったミクロの興味の探索が難しい場合でも,もっと大雑把に「誰かのようになりたい」というモデルを見つけ,そのモデルに近づいていくよう,研鑽のマイルストーンをおいていくといったキャリアアプローチも存在するように感じる.
最後に,将来のキャリアを考える上で,今の環境の中で将来のキャリアを歩む上で,何ができ,社会にとって必要とされる技術や知識を作ることができるのか,こういった視点で自らの現状を振り返ることも非常に重要であると思われる.やはり,一朝一旦で自身のキャリアが爆発的に進むことはほとんどない.今の環境を嘆くだけでなく,ここでいつまでに何を成し遂げるのか,そして,次に進む道はどこなのか,そういったことを何度も試行しながら選択し,変化し続けることが重要であると思っている.