脳卒中患者に対するリハビリテーションにおける体幹トレーニングの効果について(1)〜脳卒中後の体幹における運動障害が身体に与える影響について〜
<抄録>
リハビリテーションを進める上で、臨床においても「体幹トレーニング」の重要性を説く療法士は多い。ある療法士は、麻痺手に対するアプローチを実施する際でも「大木でも太い幹がなければ枝葉は伸びない」といったエピソードをあげて、そのトレーニングの重要性を説くこともある。特に伝統的な徒手療法では体幹に対する詳細なアプローチを重要視していることが多く、新人に対する教育現場でも取り上げられることが多いテーマである。これまでにもシステマティックレビューやメタアナリシス、ランダム化比較試験といった正確性の高い研究デザインを用いた研究においても、これらのテーマはよく扱われている。過去の研究では、体幹機能、評価等に用いられる特異的な活動のパフォーマンスを改善するといった結果が示されている。しかしながら、そのトレーニングが日常生活活動やQuality of life、その他のリアルワールドアウトカムにどういった影響があるかは不明な点が多い。本コラムにおいては、4回に渡り、これらのテーマについて、解説を行っていく。第1回は脳卒中後の体幹における運動障害が身体に与える影響について解説を行っていく。
1. 脳卒中後に運動障害を有した対象者の体幹機能について
脳卒中後の運動障害については、近年、多くの知見が発見され、治療方法も発展しているが、依然として、世界第2位の死因であり、発症後の対象者のQuality of lifeの与える負の影響は非常に大きいと考えられている(障害のリハビリテーションや介護福祉に係る保険の支払先でも第2位の疾患)。脳卒中は視覚、認知、コミュニケーション、感覚運動機能といった様々な対象者の能力に悪影響を与える可能性があり、多角的な観点からアプローチを実施する必要がある。特に、身体の体幹において、片側半身に生じる感覚運動障害は、対象者の座位、立位の保持に大きな影響を与え、それらの障害に対するアプローチは、リハビリテーションに関わる理学療法士、作業療法士には必要な知識の一つであると言える。
体幹機能は、バランス、筋機能、位置感覚等、身体活動を伴う運動を実施する上で、必要不可欠な要素の集合体であり、脳卒中の初期に大きな問題を引き起こす障害の一つである。体幹機能を観察するためのアウトカムとして、リーチ動作に関する観察がある。脳卒中罹患後には、リーチ機能が大きく障害されるケースが非常に多いと言われている。例えば、Harleymmら1は、脳卒中に罹患した初期に、二重課題中のバランス機能に低下を示したと報告している。また、Messierら2は前方リーチ課題において、脳卒中罹患後の対象者は、基底面における圧中心の前方への偏位距離が、一般人に比べ低下することが報告されている。さらに、Dicksteinら3は、脳卒中によって重篤な障害を負った対象者は、座位にて、前方に手を伸ばした際に、麻痺側の脊柱起立筋にが非麻痺側のそれに比べ有意に活動性が低下していることを示している。このように、脳卒中を罹患した対象者は、一般人に比べると著しくバランス能力が低下している.その要因として、脳卒中患者のリーチ動作におけるバランスの低下は、麻痺を由来とする体幹の筋力低下によるものが大きいと一部の研究者は考えている4。それらの根拠を示すように、Leeらは、脳卒中を罹患した対象者において、麻痺側の腹筋が、非麻痺側に比べて有意に低下しているおり、麻痺側の腹筋の安静時と収縮時の厚さの比率が、非麻痺側に比べ有意に低下していることを示した。さらに、この比率が高ければ高いほど、体幹機能が優れていることも報告した(随意運動時の最大収縮量が小さい)5。また、これらの筋力的な問題に加えて、脳卒中患者は年齢が同様の健常人に比べ、リーチ動作時における体幹の位置感覚が低下しているとも報告されており、体幹の感覚障害の影響もバランス課題における能力の低下に影響を与える可能性が示唆されている。このように脳卒中を罹患した後に、体幹の筋力低下が認められ、それらがバランス能力の低下に影響を与えている可能性が示唆されている。
まとめ
第1回は脳卒中後の体幹における運動障害が身体に与える影響について解説を行った。体幹の筋力および感覚障害がバランス機能に与える影響が大きいことが示唆された。第2回は、体幹筋力に対するアプローチによって、体幹筋力やアウトカムに用いられる特定の動作のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかについて、解説を行う。
参照文献
1. Harley C, Boyd JE, Cockburn J, Collin C, Haggard P, Wann JP, et al. Disruption of sitting balance aIer stroke: influence of spoken output. Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry. 2006;77:674-6.
2. Messier S, Bourbonnais D, Desrosiers J, Roy Y. Dynamic analysis of trunk flexion aIer stroke. Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 2004;85:1619-24.
3. Dickstein R, HeHes Y, Laufer Y, Ben-Haim Z. Activation of selected trunk muscles during symmetric functional activities in poststroke hemiparetic and hemiplegic patients. Journal of Neurology, Neurosurgery and Psychiatry 1999;66:218-21.
4. Bohannon RW. Lateral trunk flexion strength: impairment, measurement reliability and implications following unilateral brain lesion. International Journal of Rehabilitation Research 1992;15(3):249-51.
5. Lee K, Cho J-E, Hwang D-Y, Lee W. Decreased respiratory muscle function is associated with impaired trunk balance among chronic stroke patients: a cross-sectional study. Tohoku,Journal of Experimental Medicine 2018;245:79-88.